池上彰と知る ウクライナと世界の未来と私たち powered by JICA

ロシアによるウクライナ侵攻は、国際社会に突きつけられた新たな課題です。今、私たちには何ができるのでしょうか。

池上彰
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予想外に長引く避難生活。
生計を支える手段は

予想外に長引く避難生活。生計を支える手段は

約810万人。約880万人の大阪府民よりは少なく、約750万人の愛知県民よりも多いこの数は、ロシアによる侵攻後、国外に避難したウクライナ国民の数です。侵攻前のウクライナの人口は約4400万人でしたから、国民のおよそ2割が国外に避難し、その避難先で暮らしていることになります。

ウクライナからの避難民を最も多く受け入れているのは、ウクライナの西隣にあるポーランドです。約150万人、ざっと、沖縄県民に相当するほど多くの人が、今、故郷を離れてポーランドで生活しています。
そのうちのふたりにお話を聞きました。40代女性のダリアさん、30代男性のボードンさんです。


ウクライナ地図

池上:いつごろ、どちらから避難されたのですか。

ボードンさん:私はウクライナ東部のルハンスク州にあるルビージュネという街で暮らしていましたが、攻撃を受けたため、私ひとりで避難してきました。高齢の両親は逃げることができず現地にとどまっていましたが、ようやく最近、障害のある母、そして父もポーランドに避難することができました。

ダリアさん:ロシアによる侵攻が始まった直後に、私たちが住んでいた街が空襲を受けたため、3人の子供とウクライナ西部を経由してポーランドまで逃げてきました。一時期は母も避難してきていたのですが、母にとっては異国での生活が難しく、今はウクライナに戻っています。

池上:お子さんは今、ポーランドの学校に通っているのですか。

ダリアさん:そうです。ポーランド語だけで授業を受けています。子供たちはすでにポーランド語を理解しており、特に一番下の娘が一番上手に話せます。ただ、家の中ではウクライナ語を使っています。本を読ませたり、文章を書かせたり。ウクライナ語のアニメも見せています。

ダリアさんとボードンさん
オンラインで取材に答えてくれたウクライナ避難民のボードンさん(左)とダリアさん(右)。ウクライナでは、ボードンさんは教育コースのマネジャー、ダリアさんは縫製工場の責任者だった

池上:今、ポーランドでどのように生活をしていますか。

ボードンさん:つらい気持ちで生活しています。メンタルケアを受ける必要があると感じていますが、まだ専門医のところへは行けていません。

池上:故郷へ戻る見通しは立っていますか。

ボードンさん:戻りたいという思いはあります。しかし私の故郷は今、ロシア軍の支配下にあります。また、私が住んでいたマンションは全て破壊されてしまっていて、今すぐに戻るのは現実的ではありません。ですから今はポーランドか別のヨーロッパの国で仕事を探したいと思っています。

ダリアさん:もちろん、最終的には帰りたいです。ただ、今はポーランドという新しい土地での新しい人生を少しでも有意義なものにしたいと考えています。


ロシアの攻撃から命からがら逃れたウクライナの人たちは、いつ訪れるか分からない終戦の日を待ちながら、故郷へ帰るのを心待ちにしています。しかしその日まで、異国で生活を維持しなければなりません。そのためには仕事が必要です。生活費を稼がなくてはならないからです。ポーランドでは今、多くのウクライナの人々が職を求めています。

実はロシアによる侵攻前から、ウクライナの人たちにとってポーランドは出稼ぎ先でした。「ヨーロッパ最貧国」のひとつであるウクライナの人たちは、ポーランドで外貨を稼いでいたのです。