Vol.15DX
独製造大手が挑むベトナム最新スマート工場と
FPTの「ベストショア」戦略とは
デジタルトランスフォーメーション(DX)を成功させるポイントはどこにあるのか――。難題を解決するヒントとなる取り組みが、東京から4000キロメートル以上離れたベトナムのホーチミン郊外で進む。ドイツの大手メーカーとベトナム製造大手が臨む、製造DX(デジタルトランスフォーメーション)のプロジェクトだ。潜入取材によって、日本の製造現場に詳しい関係者を驚かせたスマート工場の実態と、DXを支えるベトナムIT最大手FPTソフトウェアの最新戦略に迫る。
「工場にここまでデジタル技術を活用しているとは」「製造DX(デジタルトランスフォーメーション)のヒントを得た」。日本の大手製造業で生産現場を取り仕切る責任者たちがベトナムのホーチミン郊外で感嘆の声を上げた。
責任者たちが目にしたのは、自動車向け部品などを製造する独大手メーカーのシェフラー社の工場設備だ。視察に訪れたのは、中部地方の自動車メーカーなどが加盟する「中部インダストリアル・エンジニアリング(IE)協会」の訪問団である。
同協会のメンバーはベトナムにおける製造DXの最新状況を視察する目的で、ホーチミン郊外にあるシェフラー社の工場を訪れた。この工場はシェフラー社が世界中に構える工場83カ所のうち最も新しく、2019年に稼働を始めた。主にベアリングなどを生産している。
「この工場には当社の他の工場と決定的に違うことがあります」。シェフラー社でベトナムのカントリーマネージャーを務めるグエン・スアン・タン氏はこう話す。違いとは「デジタル化を前提に、全ての生産機器を配備している点だ」(同)。
「100%IoT対応」最新鋭のスマート工場を支援
具体的には、工場内の機器は全てIoT(Internet of Things)に対応。様々なデータを取得・蓄積できるようにしている。これにより生産や品質管理の自動化、故障の予兆管理ができる。取引先を含めサプライチェーン全体でのリアルタイムなデータ連携により、納品や生産の最適化も果たしている。デジタルツインによって、スマートファクトリーを成し遂げている。
シェフラー社の中でも、デジタル活用が最も進んだ拠点だという。スマートファクトリーの理想型を描き、その姿に基づいて全ての設備を導入したアプローチが奏功している。既存の生産ラインを改修しながらデジタル対応を進めるような、よくあるアプローチとは一線を画す。
製造設備などハード面の創意工夫と並行して、シェフラー社はスマートファクトリーに最適なアプリケーションの在り方を探る。工場で働くスタッフ750人のスキル開発にも注力する。ソフト開発やスキル提供の観点からシェフラー社の取り組みを支えるのが、ベトナムIT最大手のFPTソフトウェアだ。
FPTソフトウェアはシェフラー社と伴走する形で、DX関連のアイデア実現を支援した。ホーチミンでのスマートファクトリー構築に手応えを感じたシェフラー社は、ベトナム国外でのDX推進にもFPTソフトウェアのリソースを活用していくという。
「製造業としてより強くあるために、今後もデジタル技術を貪欲に活用していきます」。シェフラー社のアジア 太平洋地域のDX責任者を担うアン・キャサリン・コック氏は力を込める。
わずか45日で完全電子化、超高速の公共DXに挑む
ベトナム国内には、シェフラー社のような外資系企業以外にも、生産工程の自動化・デジタル化を進める企業が多く存在し、同協会が視察したベトナムの文具メーカーのティエンロン社もその一つだ。
ティエンロン社は1981年の創業で、現在は世界70か国に輸出、ベトナム全国で5万5000個所に販売拠点を持っている。同社はコロナ禍において、eコマースの強化などを目的にDXに取り組んだ。その結果、ベトナムでは2022年の売上高が前年から倍増したという。
DXによって、ASEANだけではなくグローバルの各国市場においても大きく売り上げを伸ばすことに成功した。こうした同社の躍進の要因の一つには、DXの推進過程における、FPT Digital のコンサルティングによる取り組みがあげられる。
ティエンロン社はFPTグループがベトナム国内で運営する全寮制施設「Hope School(ホープスクール)」のプロジェクトを支援している。ホープスクールとは新型コロナウイルスへの感染によって両親を亡くした子どもたちを全寮制の施設で保護し、生活全般の面倒を見ながら成長を支える取り組みだ。
FPTグループが運営から子どもたちの生活費、高校卒業時までの学費などを全て負担する。高卒後、大学への進学を希望する生徒には学費を継続支給する。この施設で学ぶ子どもたちに対して、ティエンロン社はペンや学生用の文具などを寄付している。
FPTソフトウェアの親会社であるFPTコーポレーションのチュオン・ザー・ビン会長は、ソフト開発や運用のフェーズだけでなく、新ビジネスの企画検討からサービス稼働後の機能強化まで「エンド・ツー・エンドで顧客のDXを支えたい」と語る。
FPTにおけるDXのコンセプトは「人々に幸せを、企業に成功を、社会に価値を」(ビン会長)だという。FPTは製造業だけでなく、ベトナムの公共分野でのDX案件にも携わる。ベトナムの省や県などの自治体からDXを請け負い、アプリケーションの開発や必要なインフラの構築を進めている。
ベトナム政府は2030年に向けたDXの進捗状況に関するKPI(重要業績評価指標)を複数設定している。公共サービスのオンライン化率80%、省庁レベルでの書類電子化率90%、県レベルでは同80%、町村レベルでは同60%、といった具合だ。2022年にはベトナム国民の国民IDのデータベースも完成させている。国民IDは日本におけるマイナンバーに相当するものだ。
2023年4月には新たにハノイで電子政府のプログラム展開をスタートした。45日間と超高速で、公共サービスのオンライン化や書類電子化率を100%にし、IDナンバーも連携する。チャットボットも同時に導入し、公共サービスの提供を自動化する。ビン会長は「我々にとっても前例のない大きな挑戦だが、この10年で省、県、町村向けに様々なソフトを開発した経験を生かせば可能だ」と説明する。
公共DXについてビン会長は「経済、政府、社会の3本柱で同時に展開することが必要だ」とし、「DXを進める自治体のトップが参加し、関係者全員がDXの推進に取り組むよう方向づけることが欠かせない」と続ける。日本の公共プロジェクトにも通じる考え方であり、示唆に富む指摘と言えそうだ。
2035年、デジタル人材100万人へ
いま、日本だけでなく世界中の企業や公共機関がDXに挑み始めている。世界規模でのDXラッシュだ。デジタル技術に精通し、顧客の変革を指南できる人材の需要も急増している。そのようなニーズに応えるため、FPTソフトウェアはDX人材の育成に一段と注力している。
具体的には、自社のエンジニアの育成はもちろん、学生のデジタル教育を加速させている。すでにベトナム国内13カ所で大学などを運営。生徒数は計15万人に上る。その中核をなすのはFPT大学だ。首都ハノイと最大の商都ホーチミンに加え、ダナン、カントー、クイニョンの5カ所にキャンパスを持ち、5万人以上の学生が在籍する。卒業生の31%がFPTグループに入社し、そのうち3人に1人が入社2年後にリーダークラスへと昇進する。
もちろん、既存社員の教育にも熱心だ。年340万時間もの研修を社員に提供しているという。特にAI(人工知能)研修については社員全員に受講させており、関連する資格取得も奨励している。ビン会長はDX人材の育成によって「FPTを100万人の企業グループに拡大したい」と意気込む。
いいとこ取りの「ベストショア」に注力
ビン会長はDXを成功させる上で必要なこととして「3Sと3H」を挙げた。3Sとはストラテジー、スタート、スピードだ。「DX全体の戦略を大きく考え、開始する際は簡単なところから始め、展開は素早くすることが大事だ」(ビン会長)。3Hはハート、ヘッド、ハンドのことで、「革命的なイノベーションのために精神的なところから変えて、よく考え、手を動かす必要がある」(同)。
具体的なDXの方法論として、FPTは独自のアプローチ「デジタル改善®」を提供している(関連記事)。デジタル改善の特徴は、小さく始めて素早く展開し、結果を出すところにある。そして必要があればすぐに修正を加える。「DXを段階的に進めることができ、大きな失敗を避けることができる」(ビン会長)。
企業のDXに対する細かなニーズに応えるため、ニアショアとオフショアを組み合わせた「ベストショア」の提供にも力を入れている。顧客企業に近い場所で開発するニアショアで顧客のニーズにきめ細かく対応し、軌道に乗ったらコスト競争力のあるオフショアと組み合わせて顧客のメリット最大化を目指す。
例えば日本企業向けには、ニアショアとして沖縄県、福岡県などの拠点で増員中だ。欧米企業向けにも、ニアショア拠点を増やすために東欧や南米の地場のIT企業を買収するなどしている。
FPTは現在、世界28カ国に拠点を設けている。「グローバル企業のDXを世界で支援していきたい」。ビン会長は意気込む。
DXアクセラレート2024、
デジタル活用の勘所

