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Vol.17地政学リスクマネジメント

問われる経営戦略上の地政学リスクマネジメント、
日本企業のIT分野への影響を考える

ロシアによるウクライナ侵攻や米中対立などで世界情勢が複雑化するなか、事業継続の観点から日本企業の地政学的リスクを懸念する声が高まっている。製造分野でのグローバルサプライチェーンにとどまらず、システム開発の委託先を見直す必要が生じる可能性もある。オフショア開発などの事情に詳しい国士舘大学経営学部経営学科の税所哲郎教授と、リスクへの向き合い方を考える。(聞き手は大和田 尚孝=日経BP 総合研究所 イノベーションICTラボ所長)

税所 哲郎氏
国士舘大学
経営学部
教授
博士(工学)
税所 哲郎氏

――地政学的な観点からビジネス継続への影響を懸念する声が出始めています。

 そうですね。例えば西側諸国と中国との関係が微妙な状況になっており、ビジネスがリスクにさらされつつあります。その結果、世界規模でグローバルサプライチェーンの再構築が重要になります。

 日本に限らず世界中の企業が様々な形で中国をグローバルサプライチェーンに組み込んでいます。中国に子会社を設立して中国に生産拠点を設けたり、現地企業にグローバルサプライチェーンの一部を委託したり。やり方は多様ですが、何らかの形で中国の企業や従業員を活用してきたことは世界で共通しています。これらの見直しが求められるかもしれません。

――情報システムの開発分野でも、多くの日本企業がオフショア開発の委託先として中国に依存してきた現実があります。オフショア開発の分野で、日本企業が直面するリスクについて、どう見ていますか。例えばの話ですが、中国へのシステム開発委託に何らかの規制がかかるような状況は起こり得るのでしょうか。

 現状ではっきり言えることはありませんが、可能性として、ゼロではありません。だからと言って、日本企業が全ての中国への発注を他国に切り替えるのは、現実的ではないでしょう。現時点では、どの産業分野においても、日本企業はそれなりの規模の仕事を中国に委託してますので。

 もともと、日本企業が中国へのシステム開発の発注を増やしてきたのは、様々なメリットがあったためです。具体的には人件費が安い、人手を確保しやすくそれなりの規模の仕事を任せやすい、日本語での対話や成果物のやり取りが可能、日本の商習慣への理解がある、などが挙げられます。

体制や委託先の選定にも「柔軟性」が求められる

 近年は状況が少し変わりつつありました。人件費が上がり、エンジニアの日本語習得への意欲は下がりました。日本語への意欲が低下した背景には、中国国内でのIT需要の急増があります。要は日本企業向けよりもうまみのある、自国内での仕事を得やすくなったということです。

 こうした変化があるとはいえ、日本企業から見ると中国への発注を続けるメリットはまだ残っています。委託先には業務知識もそれなりに蓄積していることでしょう。そのような状況で、中国以外の国において新規の発注先を開拓し、発注を一気に切り替えようとするのは、それこそリスクが高いでしょう。

 中国に限った話ではなく、システム開発の分野に限定した話でもありませんが、一般論として、1つの国に大量の仕事を依頼するのはリスクになり得ます。リスク対策の観点からは、発注先を分散させるなどのビジネスポートフォリオの構築が大切です。ビジネス環境や社会情勢に応じて発注先を臨機応変に見直せるような「柔軟性」が、これからの企業には強く求められます。

――地政学的リスクに対する経営感度を上げる必要がありそうですね。中国を代替する発注先として、インドに期待する声もあります。

 私はシステム開発の分野で日本企業がインドの企業と付き合うのは難しいとみています。インドに発注するとなると、まず言葉のハードルがあります。英語でコミュニケーションをすることになりますので。

 言語だけの問題ではありません。インド企業は日本独自の商習慣やローカルな業務ルールなどに興味関心を示さないことが少なくありません。仮に日本企業が英語で会話できたとしても、互いが深く理解し合いながら意思疎通を重ねて、円滑なコミュニケーションのもとでシステムの要件や仕様を固めていくのは至難の業(わざ)です。

 歴史を振り返ると、過去にもインドへのオフショア開発が注目された時が何度かありました。でも結果は伴っていません。コミュニケーションや文化の違いといった問題は今も改善されておらず、改めて挑戦したとしてもハードルは高いと言わざるを得ません。また、諸外国と比較して、エンジニアの単価相場が高いのがインドです。効率やコスト、効果の関係からもハードルはあるでしょう。

代替候補ベトナムの可能性

――新たな発注先の候補として、どこが有力とみていますか。

 ASEAN(東南アジア諸国連合)各国が候補となり得ます。親日な国が多く、システム開発以外の様々な分野で日本とのビジネス関係があります。例えば、労働集約的なものづくりのビジネスであればカンボジアやラオスなど、組み込みソフトが入った家電、あるいは自動車などハイテク分野はタイなどが有力な候補になります。

 システム開発の委託先としては、ベトナムが有力な候補だとみています。日本に好意的な思いを持つ人が多く、日本語教育にも力を入れています。以前から日本に留学し、日本の大手IT企業に入ってから母国で起業する人も多くいます。勤勉な国民性で、日本語とともに日本の商習慣を理解しようとする気持ちも強いです。

 人口が約1億人とASEANで3番目であり、平均年齢が30代前半と若く、IT人材の育成に熱心である点も魅力です。ベトナムは日本と異なり、IT産業が多重下請け構造になっていないので、顧客企業と直接やり取りできる実力を備えた新興勢も増えています。

 これまで中国が満たしてきた要素を改めて整理すると、人件費の安さ、技術者の動員力、商習慣への理解、日本語での対応といったことが挙げられます。ベトナムはこれらを満たしていますし、AI(人工知能)など先端領域の技術力も備えた企業も増えています。

税所 哲郎氏

選ぶだけでなく「選ばれる」視点も、対等な関係の構築を

――日本企業がベトナムへの発注を増やしていくにあたり、注意点はありますか。

 前提として考えておかなくてはいけないのが、ICT人材不足やデジタル人材不足に悩むのは日本だけでない、という点です。

 ICT人材不足やデジタル人材は世界的に不足しています。世界規模で人材の奪い合いが起きています。ベトナムは今、一部の小学校や中学校、高校では日本語教育が行われており、日本語教育に力を入れ、日本向けのビジネスを拡大しようとしています。でも、それが今後も続くとは限りません。

 将来、ベトナムのIT企業が日本よりも米国向けのビジネス拡大にかじを切る可能性はあり得るでしょう。ベトナム人は日本人よりも英語ができますし、米国にも好意的ですから。日本企業よりも好条件で仕事を任せてもらえる状況になったら、米国シフトを進めるかもしれません。

 ベトナムの経済成長に伴い、ベトナム国内のIT需要が伸びる可能性も高いです。今はベトナム国内よりも海外から受託した方が収益を高められる状況だからこそ、日本向けビジネスに力を入れています。そういった事情からすると、円安はベトナム企業にとって収益の低下につながり、日本向けビジネスの魅力を相対的に下げています。

 これからの日本企業は発注先を選ぶだけでなく、自分たちの仕事を受けてもらえるかといった視点が求められます。相手の立場に立って、自社が顧客として「選ばれるか」という着眼点で物事を考えるべきでしょう。

――日本企業が「選ばれる」ためには、どういった取り組みが必要ですか。

 考えられることの1つに、契約内容の見直しがあります。日本のシステム開発においては仕様変更が頻繁に発生します。これには「発注側が受注側よりも立場が上なので、受注側はある程度融通を効かせるべきだ」といった考え方が根底にあると感じます。一方で欧米企業は事前にしっかりと契約を定め、取り組むことを細かに決めます。発注側と受注側は対等な関係です。

 日本企業がベトナム企業にシステム開発を発注する場合、従来はベトナム企業側が努力し、日本の商習慣に対応してくれていました。しかし、ベトナム企業が受注対象を世界の企業から選べるような状況になれば、日本企業はこれまでのような条件で仕事を受けてもらえなくなるかもしれません。日本企業が取引を継続してもらうためには、発注側と受注側の上下関係をなくす努力が求められます。

 一方で、完全に欧米型に合わせる必要もないと感じます。システムはバグが出るのが当たり前であり、運用開始時に100%完璧でトラブルがないということはあり得ません。重要なのは「契約に含んでないこともやってもらうのが当たり前だ」といった考えを捨てることです。一例として、「何人月まではいくらで対応してもらう」といった形の契約に変えるのが良いのではないかと考えています。

 日本企業に求められるのは、バランス力と柔軟性です。どこか1つの国に依存するのはリスクです。その時々で最適なバランスを考えて、発注先のビジネスポートフォリオを柔軟に組み直せるような仕組みの確立が大切です。

 一時的には、特定の国や企業に発注をまとめた方が効率的かもしれません。でも、いざという時に備えて、目先の効率やコスト、効果を多少は犠牲にしつつも、平時から複数の委託先を併用したり、発注先の国や地域のリスクを分散したりする工夫が求められます。そのような工夫が、中長期的に見ると持続的な成長につながるのではないかと思います。

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