アジア太平洋学部 3回生
大根田健太さん

大根田健太さんは、別府のホテルオーナーと組み、APUの学生たちを率いて、使われていないスナックで「町おこし」を始めています。かつては年寄りが目立った別府の温泉街に、世界中から集まった若者たちの力で、新しいムーブメントを起こそう。APUの寮、APハウスの牢名主的存在の健太さんの熱いお話を、どうぞ。
APUのある別府市で面白いプロジェクトをスタートしたんです。
名付けて「Snacks」。
地元の寂れたスナック街をイベントやワークショップの開催地、情報発信の拠点に変えちゃおうというものです。
きっかけは、このスナック街が所有する別府のホテルのオーナーと知り合いになったこと。別府市内の北浜という場所に近いホテルニューツルタ。別府でも有名なホテルなんですが、こちらのオーナーの鶴田宏和さんとアルバイトを通じて知り合いになったんです。
この鶴田さんが所有する土地に、20年ほどほったらかしになったスナック街があるんですね。
「面白いですね、何かできないですか?」
「君たちで考えてみろよ。好きに使っていいから」
鶴田さんは、寂れたエリアにAPUの学生たちの若い力で新しい活気を取り戻してほしい、と思ったそうです。
ありがたいお言葉をいただき、学生仲間5人くらいで開かずのスナックのカギを開け、片っ端から掃除をしました。
別府って、古い温泉街で飲み屋街はたくさんあるんですが、学生や若い人たちが集まってイベントをやったりコンサートをやったりするようなスペースがなかったんですね。だったら、寂れたスナック街を掃除し、改装して、僕らがイベントの主体になればいいじゃないか。
地元別府のホテルのオーナーである鶴田さんが音頭を取り、僕らが率いているAPUのチーム「node」がプロジェクトを担っています。
2015年1月からこのプロジェクトをスタートして、週に2回、さまざまなイベントをオーナーの鶴田さんのご厚意で開いています。例えばミャンマー会というのを開きました。APUのミャンマー留学生を中心に、ミャンマーを旅行したことのある学生、ミャンマーに行きたい学生を集めて、催しを行いました。学生ばかりでなく、APUのOBを交えたイベントをやるときもあるし、卒業式を控えた先輩たちが後輩に向けたイベントをやることもあります。
いま、地方ではシャッター商店街や空き屋の問題が浮上しています。何もしなければかつての歓楽街がゴーストタウンになってしまうかもしれない。でも、お金はないけれど時間と体力と多少のアイデアがある僕たちのような学生が利用すれば、もしかしたら新しいかたちで町の再活性化を図れるかもしれない。
さらにこの春から、僕たちは「ベッピング」というプロジェクトを始動しました。たった12万人の小さな都市ですが、別府市にはAPUに加え別府大学など複数の大学がある。毎年1800人以上の若者が新たに住まうようになる。しかもその半数近くは外国からの留学生です。
彼ら新入生を大学同士で組んで10人から20人の班をつくり、別府市をツアーする。それで別府+INGでベッピングです。別府には例えば温泉が200もあります。中には地元の限られた人しか知らない秘湯なんかもいっぱいある。入学したばかりの新入生はある種観光客といっしょ。彼ら彼女らにツアーで別府を体験してもらい、この街を好きになってもらう。好きになってもらえば、別府に次の若いムーブメントが生まれる。そんなイベントにしていきたい。
僕自身はもともと東京出身なんです。とある大学の付属高校に通っていたんですが、高校1年の夏休みにオーストラリアに留学して、意識が変わった。世界につながりたい、と思ったんですね。それでインターナショナルスクールに転校して、3年の夏にAPU が高校生向けに企画したサマーキャンプに参加したんです。そこで出会った大学生スタッフでTA(ティーチングアシスタント)をされていた皆さんの魅力にやられちゃった。
日本人だけじゃなく中国人、スリランカ人、いろいろな国の学生が、大学で何をどう学ぶのかをとても熱く教えてくれる。この熱、東京のどんなエリート大学に行っても味わえないだろうな。そう思って、当初反対していた親を説き伏せて、APUに入学したんです。
学部はアジア太平洋学部に進学しました。ここで観光と地域振興を学んだことが、冒頭のスナックプロジェクトやベッピングの企画立ち上げにつながっています。勉強に加えて、僕の場合、学生寮APハウスの学生スタッフ、寮長的役割のRA(レジデントアシスタント)になったことが現在の自分の糧になっていますね。
僕はとにかくAPUで異彩を放つ人たちが大好きなんです。高3の時出会ったTAしかり。入学して入寮したAPハウスのRAの先輩たちしかり。右も左も分からない高校生や新入生を実に見事に愉快に導いてくれる。だから、僕もああなりたい、と思いました。通常RAは2回生がやるんですが、僕は1回生の秋からRAになって、40人くらいの同じフロアの学生たちをまとめていました。
APUには、さまざまな留学プログラムがあります。その1つにSENDというのがあって、これは海外の教育機関にインターンシップをしに行けるんですね。僕はSENDを利用してタイに行きました。北部の地方都市チェンライ。ここで日本語の先生をやり、週末は生徒の家にホームステイ。夏休みの1ヵ月間、ここで自分の思わぬ能力が発揮できました。
僕の祖母は書道家でして、子供の頃から書道をたたき込まれていたんです。別に好きでも何でもなかったんだけど、半ば強制的にやらされて、結果として書道八段。パソコンで字を書く時代に何の役に立つんだろう、と思っていたんですが、チェンライの小学校で子供たちに書道を教えたんです。すると、ものすごく盛り上がったんですね。書道、面白い!って。ついに人生で初めて書道八段が役立つときが来たわけです。
APUの学生気質は「その場をそのつど楽しむ力が強い」ですね。大学自体が開学からたった15年。まだ赤ちゃんみたいなものです。たぶん整っていないことのほうが多い。でも、ここに集まった学生は日本人も留学生も、整っていないことを楽しんで、整っていないことを前提に、自分たちでなんとかしちゃう、という起業家的な意識がある。だから僕も、将来は起業したいですね。
僕にとって、第二の故郷である別府で、地域の方々と僕ら学生がお互いにいいかたちで、影響し合うことができたらいいなと思っています。僕らは日本人学生と留学生が半々という稀有(けう)な環境にいて、そんな中でまず大学として1つになって、それがさらに日本有数の観光地である別府とも1つになれば、他にはない面白いことができるんじゃないかと思っています。このワクワク感がある限り、僕は頑張り続けられると思います。
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田舎で世界を学べば、 「和の心」を持った国際人になります |
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「アジア太平洋」を丸ごとキャンパスに そこから未来のリーダーを輩出していく |
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APUは日本の中の「世界」でした
だからイノベーションが生まれ続けるんです |
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ため池にクヌギ林にシイタケにサンショウウオ! APUパワーで、大分・国東半島を世界農業遺産へ | |
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