国際経営学部 3回生
アイシュワリャ・カンサカールさん

ネパールで子供のときにインターナショナルスクールに通い、ダイバーシティな環境に興味を持っていたというアイシュワリャさん。いろいろな国から来た、さまざまなバックグラウンドを持つ人々が共に学ぶAPUに興味を持ち、進学を決めました。そんなアイシュワリャさんが目指すのは、祖国ネパールの女性たちの地位向上に役立つ会社を作ること。そのための準備を既に始めているといいます。
APUのことを知ったのはネパールの高校生の時です。ネパールまでAPUのスタッフが来て、私の通っていた高校でPRを行ったとき、初めてその存在を知りました。いろいろなバックグラウンドの、いろいろな国籍の人が、同じ学校で勉強する、という環境にとっても憧れていたので、APU への留学をすぐに決意しました。だから、私が日本に来たのは、APUがあったからなんです。ちなみに現在50人ほどがネパールからAPUに留学しています。
入学時点では、まったく日本語が話せませんでした。「こんにちは」という挨拶も福岡の空港で初めて日本の方に教わったくらいです。
だからとにかく、まずは日本語の習得を第一目標にしました。先生たちがとっても優しくて、たくさんサポートしていただいたおかげで、この3年でゼロからずいぶん上達したと思います。APUは、学生はもちろんだけど、先生もいろいろな国から来ています。例えば、私の先生にはメキシコ人、ドイツ人がいて、ゼミの先生はフィリピン人。みんなそれぞれ違う経験をしていて、その経験をシェアしてくれるので、視野が広がります。
大学での勉強と並んで、私の糧となったのは、APUの学生寮APハウスでの暮らしです。50ヵ国以上の人たちが同じ屋根の下で暮らすわけで、私のように日本語が全然できない子もいたりするわけで、トラブルの連続。大変だけど、それが楽しい。カンボジアやイエメンや地図でしか見たことのない国の子たちと一緒にご飯を作ったり、温泉に行ったり、親友ができました。
私はそんなAPハウスの生活がとっても好きになったので、2年生の時は寮生たちをサポートするRAという学生スタッフを務めました。RA(レジテントアシスタント)は全部で64人いて、1200人ほどいる寮生を束ねています。世界祭という寮のイベントでは、料理大会やダンス大会など、それぞれの国の特色を生かしながら、みんなが参加できる場をプロデュースしました。
それから授業のサポートをするTA(ティーチングアシスタント)もトライしましたね。他にも大分県の高校で英語を教える活動もしています。自分が学ぶ立場から、教える立場、指導する立場になると、日本語も上達したし、学ぶことも多くありました。
3年生になった現在は、ゼミで「経営戦略」について学んでいます。とりわけ、女性と経済と経営について研究を深めているところ。ウーマノミクスというトピックで論文を書こうとしていて、そのリサーチを始めています。2016年までにはアメリカのジャーナルで発表したい。
なぜ、女性の社会的地位向上と経済に着眼したのかというと、祖国ネパールの問題があったからです。ネパールは、都会ではそれほど女性差別はありませんが、地方ではかなり差別がある。例えば、1時間働いてもらえる給料が、女性は男性の半分だったりする。同じ仕事なのに、です。そういう現実を世界に発信して改善につなげたい。
将来は、起業家になって、ネパールの女性の地位を高める仕事をしたい。すぐには無理なので、まずは起業家向けのファンドでスキルを身に付け、そのあと大学院で再び論文を発表し、2025年までに自分の会社を設立するというゴールを決めています。
その時に、たぶんすごく力になるのが、APUの卒業生のネットワーク。将来私が困ったとき、SNSで助けを求めたら、全然知らない人でもAPU生なら絶対助けてくれる。立場が逆なら、当然私も手伝う。ただの友達や仲間じゃないんです。なんといえばいいんだろう、APU生同士だから、としか言えない、特別なネットワークが続いて、それが世界中に広がっている。
今年2月にあった2030年のAPUの未来像を考えるという大学のイベントで、在学生、卒業生、教員、職員が参加したのですが、私も参加してAPUの未来の姿について熱く議論を交わしました。実は、ここからインスピレーションを受けて、今年の10月に、エンパワメント・イベントという、アカデミックな学生企画・主催イベントを計画しています。
具体的には、卒業生で社会起業家や企業で成功している卒業生に参加してもらって、講演会やさまざまな交流企画をする予定です。また、APUの先生とも協力して、授業と関連させて在学生により参加してもらうように促す。卒業生の他に、企業や国の代表を務めるような方々にもご参加いただきたいと思っています。
私は、このイベントをすることで、在学生に学ぶことの意味を考えてもらい、将来へのモチベーションを高めることにつながればと思っています。また、在学生と卒業生、そして社会や世界と結びつけて、APUのもつ多様なネットワークを生かすきっかけをつくりたい。
私の周りには、APUが思っていたのと違う、と文句を主張する人がいます。でも、私は、「自分でやらなきゃいけないんだよ」って伝えたいんです。
祖国ネパールには、APUのような大学はありません。こんな大学があればどんなに良いかと思います。自分のいる環境や、そこにある資源を生かすには、自ら挑戦することが大事だと思うのです。
APUに来て、私は自分の強さと弱さを知りました。それは、いろいろな人と交わることでしか見付からないもの。一度気づけば、弱点は克服できるし、強みをさらに磨くことができる。多様な文化背景をもっている学生と学び、意見し合うことで、自分を知り高めることができると思います。もちろん、困ったり、辛いときは助けを求めればいい、ここには助けやサポートがある。私も、APUに来て、たくさん助けてもらいました。先日、ネパールで大きな地震がありました。とても悲しくて、いてもたってもいられなくて、友人たちと祖国ネパールの復興支援のための募金活動を始めました。そうしたら、たくさんの在学生がこの活動に賛同し、時間とエネルギーを注いでくれました。
そして、多くの先輩、在学生、教職員、地域のコミュニティの皆さんが募金に協力してくださいました。おかげで、およそ480万円に上る金額を集めることができたのです。この活動に協力してくれたみんなのハードワークの結果だと思います。そして、そこに何人という国籍なんて関係なかった。私は、祖国に恩返しをする機会をあたえてくれたAPUに感謝しています。
これから、大学進学を考えている人たちに言いたいのは、APUに来て、じゃなくて、「自分を見付けて、ということ、「自分の道を見付けてほしい」ということ。私にとっては、それがAPUだった。ここには、可能性とチャンスがたくさんある。その中で、私は「自分を見付けて」ということ、自分の道を見つけることができた。そして、今、自分の道を歩みながら、いろんなことにトライしています。
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田舎で世界を学べば、 「和の心」を持った国際人になります |
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APUは日本の中の「世界」でした
だからイノベーションが生まれ続けるんです |
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ため池にクヌギ林にシイタケにサンショウウオ! APUパワーで、大分・国東半島を世界農業遺産へ | |
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