アジア太平洋学部 2回生
テージャーニー ウィーラシンハ(TJ)さん

スリランカ人のテージャーニー ウィーラシンハ(TJ)さんは、高校時代に1度、日本に留学経験があるのです。その後、日本語の腕を買われ、高校卒業後は日本語通訳としてスリランカで活躍してきました。なぜいったん仕事を辞めて、改めてAPUに留学を決めたのか?理由は彼女の日本に対する限りない「愛」でした。
私は日本が大好き。実はスリランカよりも好きです。これは、APUにいるスリランカ人の友達なら誰でも知っている、公然の秘密です(笑)。それには理由があります。日本の学校で勉強するのは、これが2回目なんです。
スリランカの公立高校では、1年になると、第二言語学習をどれにするか選ぶことができます。私の学校では、日本語、ヒンディー語、フランス語があって、そのなかから選べました。なんと高校で日本語を学べるんすよ。私は日本語を選びました。
なぜ? 話は、私が10歳のときに遡ります。
当時、私の母は教育委員会のディレクターとして国際会議に参加するために、スリランカを代表して来日し、2週間、神奈川県の横須賀市に滞在しました。私は兄弟たちとお留守番だったのですが、帰国した母は、自分の日記に自分の目で見た日本の美しさ、清潔さ、カルチャーギャップで驚いたことを書き記しました。そして最後に「自分の子ども3人にも、その目でこの美しさを見てほしい」という言葉がつづられていたのです。
母の日記を読ませてもらったとき、私はすごく感動しました。
「いつか絶対日本に行く!」そう決心したんです。
だから高校でも当然のように日本語を選択しました。
日本語を使うチャンスはすぐにおとずれました。
高校2年の時、AFSという奨学金付きの留学プログラムに採用されて、スリランカから第1期生として東京に留学したのです。1年間、東京のある私立高校の生徒になりました。
高校時代の同級生と
最初に日本に来たときは、泣きました。念願の日本に来られた喜び……ではなく、とにかく何も分からなかったんです。せっかく勉強した日本語も挨拶くらいしか使えなかった。
でも、泣いてばかりじゃ先に進めません。小さなメモ帳を持ってホストファミリーのお母さんについて歩き、トイレの流し方から洗濯機の使い方まで、あらゆることを聞いて、書いて、覚えることから始めました。
最初の日の夜、「今からみんなでパブリックバスに行こう」と英語で言われて、「今からバスに乗るのかな」と思ったら、なんと"Bus"ではなく"Bath"!
銭湯だったんです。
えー、赤の他人と真っ裸で一緒にお風呂に入るなんて!
無理無理、絶対無理!
「私もう帰りたい」
銭湯に行ったあと、泣きながら実家に電話したのですが、父に「日本の文化を学んでがんばりなさい」と諭されました。
泣いてばかりの数週間が過ぎると、日本語が耳に入ってくるようになりました。
ホストファミリーや学校のクラスメートに心を開いて話ができるようになりました。友達もたくさんできました。
帰るまでにはすっかり日本になじんでいました。
高校を卒業した後、私は大学に行かず、いきなり通訳として働くことになりました。
英語と母国語のシンハラ語とタミル語に加え、日本語ができる人材はけっこう貴重で、日本からのビジネス関係で来られる方のニーズがたくさんあるからです。私はもっぱら日本からいらっしゃるお客様の通訳の仕事を5年ほど担っていました。日本語にさらに磨きをかけるちょうどいい機会になりました。旅行会社から声をかけていただき、日本からのお客様向けのツアーコーディネーターもやりました。さらに個人的に日本語と英語の講師も2年ほどやりました。
働いているときも、日本に対する気持ちはずっと忘れていませんでした。
片足は日本、もう片足はスリランカにあるような気持ちです。
いつかもう一度日本に戻りたい。ずっとずっとそう思っていました。
5年間通訳をやって、私は決意しました。もう一度、留学しよう。今度は大学に。でも、お金が必要です。
スリランカでは、結婚するときに女性側から男性側にお金や土地をプレゼントするダウリーという風習があります。結納金みたいなものですね。
たぶんうちにもダウリー用のお金をパパが貯めているはずだわ。
私は直談判しました。
お父さん、もし私のためにダウリーのためのお金を用意しているんだったら、貸してほしい。日本に留学がしたいの。
「日本に行って勉強しなさい」父は快く背中を押してくれました。
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田舎で世界を学べば、 「和の心」を持った国際人になります |
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「アジア太平洋」を丸ごとキャンパスに そこから未来のリーダーを輩出していく |
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APUは日本の中の「世界」でした
だからイノベーションが生まれ続けるんです |
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ため池にクヌギ林にシイタケにサンショウウオ! APUパワーで、大分・国東半島を世界農業遺産へ | |
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