ジェイビービーシー株式会社
代表取締役 タハミド・モイヌルさん

APUは、高い山の上にあります。一度キャンパスまで上がってくると、容易にふもとには下りられない。遊ぶ場所がないとも言えますが、勉強に集中したい人にとっては、最高の環境です。
思い返すと、僕は朝から晩までキャンパスにいましたね。学内の寮を出てからも、そういう生活は続きました。毎日、23時ごろに出発する、山を下る最終バスに乗って帰るんです。それだけ長くいると、大学にいるみんなの顔をほとんど知っているような気持ちになります。
寮を出てからは、山のふもとの亀川という地域に住んでいました。そこではなんと、アパートに温泉が付いていたんですよ。もう、毎日温泉三昧です(笑)。別府が温泉街で、本当に良かったと思いました。
最初は、人と一緒にお風呂に入ることに抵抗があったんです。バングラデシュに温泉はありませんから。でも、今は大好きです。1ヵ月も入らないと、物足りない気持ちがしてくるくらいです。
卒業後は、住友電工に入社しました。その後すぐに住友電装に出向して、海外の関連会社業務を担当していました。ヨーロッパとインドとタイの担当です。扱っていた商材は、自動車のハーネスとコネクター。経営企画部に所属し、自動車部品の販売事業を各国で拡大するための計画を立てていたんです。
なぜ住友電工にしたのか。日本の財閥系の会社に興味があったからです。せっかく日本で就職するのだから、"ザ・日本"という会社に入りたかった。大手自動車会社からも内定をもらっていましたが、財閥系にまずは行こう。そういう理由で住友電工を選びました。
就職してすぐに海外出張する機会がたくさんありました。
例えば、タイはアジアのデトロイトと言われるくらい自動車産業が発展していました。当然、住友電装はタイでの事業拡大にかなり力を入れていたんです。だから3ヵ月間滞在したこともありますし、長期出張もしょっちゅうでした。
そんなとき役立ったのが、APUで培った人脈です。タイ人の友人はAPUの在学中にたくさんできましたし、そもそも大学時代からタイ文化に精通することができた。タイでビジネスを展開する上で、大きな強みになりました。
そういえば、先月ミャンマーに出張したときも、現地にAPUの卒業生がいました。だいたいどこの国に行ってもAPUの卒業生が見つかるんですよ(笑)。連絡を取れば、現地の知り合いを集めてくれて、夕食のお店まで予約してくれます。
世界中に広がって、かつ現実のビジネスで生かせる人的ネットワークは、そうそうつくれるものではありません。ましてやどんな名門大学だろうと4年間の学生生活だけで、そんなネットワークが手に入ることなんかない。APUは、なんと開校と同時にそんなグローバルネットワークを卒業生たちに提供してくれたんです。
住友電装に3年勤めたあと、ヘッドハンティングされて、ドイツ系のグローバル企業ボッシュに転職しました。一応、米系の大手金融情報サービスと金融機関からも声がかかったのですが、なぜ、その中からボッシュを選んだのか。それは、ボッシュのジャンププログラムというものに引かれたからです。
通常、ボッシュでマネージャーになるまで、20年以上かかります。ただし、そのプログラムに選ばれれば、たったの1年でマネージャーになるチャレンジができるんです。いわゆる飛び級制度ですね。毎年世界の各地域から3人だけが選ばれるのですが、かなり厳しい選考が行われる。
私はニューヨーク、シュツットガルト、東京と3回の面接を受けて、運良くジャンププログラムに選ばれました。
ジャンププログラム参加者は、1年で15部署をまわり、各部署の部長が評価をします。最高評価のAが90%以上なかったらアウトです。つまり、1年でマネジャーになるか、それともクビになるか、という過酷な制度なんですよ。
なんとか1年を終えたときに、プログラム参加者3人の中で最高評価をいただいて、史上最年少でアジア地域統括マネージャーになることができました。27歳のときでした。
ボッシュに入って1年たった頃、筑波大学にMBAを取るため通い始めました。そのMBAクラスのビジネスプラン大会で、スカイプを使ったオンラインの英会話教室事業を発表したら、優勝できたんです。
ボッシュのトップマネジメントにプレゼンテーションし、1週間のうち30時間はそのオンライン英会話教室事業の会社の立ち上げに使っていいという許可をもらいました。
その会社から給料はもらわず、社会貢献事業の1つとして運営するというのが条件です。
ちなみに、その事業の立ち上げのパートナーは、APU出身の仲間でした。
2012年の終わりには、ボッシュを退職して、ビデオを使った英会話教室会社の事業に専念することにしました。
英語が上手なフィリピンの人たちに「先生」になってもらい、インターネットを活用して、ビデオ英会話授業を配信する。1時間数百円と格安な料金で。
今となっては同様のサービスがたくさんありますが、2009年時点でビデオ通話を使った英会話の事業をフィリピン人に先生になってもらって行う会社はほとんどありませんでした。僕たちがパイオニアなんです。
きっかけは、APU時代のフィリピン人の友達が、「フィリピンでは、優秀な人でも仕事がなくて困っている」と嘆いていたことでした。
フィリピンには、英語が話せて優秀な人材がいるけれど、多くの人に仕事がない。
一方、日本には、英語を学びたいけれど時間もお金もない、という人がたくさんいる。
ならば、フィリピンと日本の間で、"知的フェアトレード"を実現できないか、と考えました。
結果は大成功。おかげさまでこのビジネスは、さまざまなメディアに取り上げていただきました。今もずっと業容を広げて続いています。
ただし、今の僕の本業は、英会話事業ではありません。すぐに別の会社を立ち上げました。JBBC(ジャパン・バングラ・ビジネス・センター)という会社です。
日本に住んで10年以上。日本文化をよく理解した今だからこそできる、日本と世界をつなげるビジネスをやりたい。その思いが結実しました。
JBBCは、バングラデシュに進出したいと考えている日本企業に、現地のパートナー企業を探し、営業、仕入れ、法務、労務、会計などビジネス全般にわたってサポートをする会社です。
今は15社のクライアントがいます。大手アパレル企業から印刷会社まで、業種はさまざまです。バングラデシュはまだ貧しい国ですが、1億5000万人の若い人口を抱える未来ある国でもあります。その市場の可能性に懸ける日本企業はたくさんある。そのお手伝いをするのが僕の仕事です。
APUの卒業生は、いま世界各国で起業しています。彼らには負けないぞ、という気持ちがエネルギーになり、僕を奮い立たせてくれます。
APUで学んでいる学生の皆さん、そしてこれからAPUに入ろうという皆さん。
その類まれなキャンパス環境を生かし、アジア地域についての知識を存分に吸収してください。
授業をちゃんと受けることもそうですし、アジア出身の友達をたくさんつくることもそうです。
これからは絶対にアジアが世界経済の中心地になります。ビジネスの世界で生きていくならば、アジアに関する知識とネットワークがあなたを助けてくれるでしょう。
また、その国の文化を知るのに、その国の言語をどこまで理解しているかというのは、とても大きく関わってきます。日本語や英語でやりとりするだけでなく、ぜひ友達になった相手の母国語で話してみてください。
APUに入学を決めたことが、僕の人生を大きく変えました。医者になるはずだったのが、日本の財閥系企業に勤め、ドイツのグローバル企業のマネージャーになり、フィリピンと日本を結んだビデオ英会話教室ベンチャーを立ち上げ、今では日本とバングラデシュをつなぐ事業を展開している。
APUで学んだことのすべて、APUで広げた友達の輪が、今の僕の基盤になっています。
APUは自分次第で、どこまでも可能性を広げられる学校です。興味があることには、全部トライしてみてください。そして世界中に散らばるAPUの卒業生と一緒に、世界を相手にビジネスを起こしていきましょう。
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田舎で世界を学べば、 「和の心」を持った国際人になります |
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「アジア太平洋」を丸ごとキャンパスに そこから未来のリーダーを輩出していく |
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APUは日本の中の「世界」でした
だからイノベーションが生まれ続けるんです |
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ため池にクヌギ林にシイタケにサンショウウオ! APUパワーで、大分・国東半島を世界農業遺産へ | |
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