
奥山氏は「グーグルは長年にわたり“すべての人に役立つAIの実現”を目標にAIの民主化に貢献するべく尽力してきました。日本では“AIの力で解き放とう、日本の可能性”を行動指針に、3つの重点領域を定めてきました」と語った。3つの重点領域とは「一人ひとりに力を」、「社会の進歩に貢献を」、「ビジネスに革新を」で、特に科学技術の分野にAIを活用し、そこで開発された技術でさらに進歩を生み出すサイクルを目指している。
例として、2024年にノーベル化学賞を受賞したタンパク質の構造を高精度に予測するAI「AlphaFold」が生命科学研究を加速させていることを挙げた。量子コンピュータの領域では、グーグルの研究者が2025年ノーベル物理学賞を受賞している。「AIの進化により、これまで数年の歳月と数十万ドルの費用がかかっていた研究がわずか数分かつ高い精度でできるようになり、飛躍的な進歩の可能性が広がっています。グーグルにおけるこのイノベーションの中心にいるのがGoogle DeepMindです」(奥山氏)

奥山氏は続いて日本における3つの重点領域でAIの可能性を広げる新たな取り組みを紹介した。その1つ目がグーグルの慈善事業部門であるGoogle.orgを通じた東北大学の「AIを活用した認知症リスク低減プロジェクト」への支援だ。重点領域の「一人ひとりに力を」の具体例である。
「2040年までに高齢者の15%が認知症を患うといわれていますが、今は創薬や臨床治療に重点が置かれています。そこで東北大学の認知症リスク低減プロジェクトに100万ドルの資金を提供し、認知機能を刺激する回想法の体験プラットフォームをAI技術で構築する支援をしていきます」と奥山氏は解説した。
さらに、社会の進歩に貢献する取り組みの一環として、研究者主体の新しいコミュニティ「Google Developer Group AI for Science」を発足させた。専門分野の壁を超えて研究者たちが協力体制を構築できるコミュニティだ。参加者は講演を聴講したり助成金の情報を得ることで研究の加速が期待でき、グーグルはプログラムの管理やコンテンツの提供で活動を支援する。東京大学、慶應義塾大学、理化学研究所、奈良先端科学技術大学院大学の研究者がオーガナイザーとして参画している。
科学的発展を推進するためには政策環境の整備が不可欠という考えの下、AIを活用した科学分野でのイノベーションにおける日本のリーダーシップの発揮を促すホワイトペーパー「AIと築く日本の科学の未来に向けた政策的枠組み」も公開している。その中では、「インフラ」「投資」「イノベーション」の3つの「I」を柱とした政策提言を説く。「ガイドラインの策定など政策環境の整備の一助になることを願っています」と奥山氏は話す。
2025年9月には京都大学iPS細胞研究所(CiRA)がアジアで初めてAIエージェント「AI co-scientist」のトラステッドテスターになった。研究者が新たな仮説を立案し、研究計画を策定する際のパートナーとして機能するもので、科学的発見のスピードを飛躍的に向上させると期待されている。
奥山氏は吉本興業グループとの「お笑いの未来」を創造するプロジェクトへの協力も紹介した。桂文枝さんとGeminiとの対話から生まれた創作落語や「M-1グランプリ」でのグーグルの技術協力が進められているという。
講演の最後にはCiRA名誉所長兼教授の山中伸弥氏からのイベント開催を祝うビデオメッセージが上映された。山中氏は「AIの急速な進歩は、科学のあり方を根本から変え、ほんの数年前には不可能だった機会を創出しています。この融合は、生物学を進歩させ、人間の健康を改善するための新たな機会を生み出しています」とコメントした。
続いて、奥山氏とイブラヒム氏との対談が行われた。グーグルのAIの心臓部といわれるGoogle DeepMindは何を目指しているのだろうか。
イブラヒム氏は「これまで15年間にわたり、人類に恩恵をもたらすAIを責任ある形で構築するというミッションに取り組んできました」と話す。
イブラヒム氏は「8年前にGoogle DeepMindのCOOに着任してからリスクと機会のバランスが重要だと考えてきました。1つの国や社会のためではなく、国際的、学術的な観点でのコラボレーションが必要です」と語る。40年前に交換留学生として来日し、日本で勤務した経験を持つイブラヒム氏は日本への思い入れが強い。「変革をもたらすにはリスクを取ることが重要です。生産性とクリエイティビティの両面でAIに向き合い、豊かで先進的な国になってもらいたい」と語った。
科学の未来に向けた同社の取り組みについては、AIで15日先の天気が予測できることを例に挙げ「ハリケーンの正確な予測ができたことで、緊急事態に備えられました」と社会に貢献する技術であることをアピールした。
「私たちは『学び』を取り組むべき重要な課題の一つと位置付けています。世界中の教育や教授法の専門家と連携して、AIがどのように私たちの学習プロセスを向上させられるかを探求してきました。そういった知見が注入された Gemini は、単に答えを得るのではなく、AIとの対話を通じてその主題について学べるように設計されています」(イブラヒム氏)
最後に、科学の未来をともに築くリーダーへのメッセージとしてイブラヒム氏は「20年後に今の時代をAIの歴史の中で振り返った時、パイオニアとして誰がどのように未来を築いたかが問われることになるでしょう。だからこそ、私たちには重い責任と大切な役割があります」と呼びかけた。
なお、当イベントの他のセッションリポートは、Vol.35、Vol.36で紹介する。
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