
――お笑いをビジネスにしている吉本興業がAIを使おうと考えたのはなぜでしょうか。
梁AIはツールですが、産業革命並みのインパクトを持っています。2022年に生成AIが大きな話題になった時、今までにないテクノロジーだと衝撃を受けました。私自身は昔からテクノロジーが大好きで、ロボットやAIが出てくるSF映画は欠かさずに見ており、2014年くらいにはコミュニケーションロボットの開発にも取り組んでいました。
ただ、人とテクノロジーが自然なコミュニケーションを取れるようになるには、イノベーションの山をいくつも越える必要があると感じていました。そんな時に、生成AIのインパクトを目の当たりにし、想像していたSF映画のような未来が一気に近づいてきたと興奮しました。瞬間的に吉本興業のイノベーションに活用したいと考えたのです。
――いくつも生成AIがある中で、グーグルを選んだのはなぜですか。
梁以前から吉本興業グループとしてのお付き合いがある中で、何度かお話しする機会があり、グーグルは責任感のある企業だと感じていました。私たちはコンテンツホルダーであり、権利には気を使います。グーグルは私たちと同じように、人や文化を尊重しながら世界を良くしようとしている企業だと信頼することができました。

グループ全体でGoogle Workspaceを利用していて、Geminiとの相性が良いことも分かっていました。Google DeepMindの方たちと会う機会を得て、話してみたところ、グーグルがAIに全集中していることが伝わってきて、ますます期待感が高まりました。
加山生成AIが信頼できる技術かどうかと議論になっていた頃に、梁さんから「Geminiというツールが吉本興業の創造性を拡大するはずだ」と非常に先進的なお言葉をいただきました。AIが人の認知、特にユーモアという、より高次な機能領域をサポートできるようになることで、人と共に生きる、より自然に人の生活を支援できるものに近づくと感じており、そういった発想を持つ吉本興業さんと何かを一緒にやりたいと考えていました。
――AIをどのように活用しているのか、教えてください。
梁1つがクリエイティブ支援です。これまで数多くの創作落語を作ってこられた桂文枝師匠に「台本作りにGeminiを活用しませんか」と持ちかけたのが、AI活用が具体性を帯びた第一歩になりました。師匠が名付けた「桂文Gemi」と一緒に「リーダーシップ」という落語を作って、2024年のグーグルのイベントで披露しました。ベテラン芸人さんが使ったことで、若手にはもう、活用ツールとして当たり前になる時代が来るだろうと感じたプロジェクトでした。
興味深かったのは、当初、桂文Gemiは落語の作法が分かっていなかったのですが、師匠がダメ出しを繰り返すうちに落語への理解が深まっていったことです。AIの回答精度が向上するプロセスを見られたので、将来の活用可能性をより強く感じることができました。
加山大変思い出深いプロジェクトです。AIは人の仕事を奪うのではなく、人のクリエイティビティを高められる可能性を秘めていることを実証できました。
マヂカルラブリーの野田クリスタルさんが自身でプロデュースした大喜利投稿プラットフォーム「無限大喜利」では、非常に画期的にGeminiを活用されています。大喜利のお題を無限に作ってくれる仕組みにAIを活用することで、一般のお笑いファンの方のクリエイティビティまで高める形に仕上げていただきました。芸人さんそれぞれの志向や用途に合わせてカスタマイズされると、AIのより多様なお笑いの形への可能性が見られるのではないかと思います。

「無限大喜利」は誰でも参加可能で、ユーザーは次々に出されるお題に自由に回答できる。
他のユーザーからの評価やコメントを楽しめ、笑いを共有できるオンラインプラットフォームだ
梁お笑い翻訳システムである「CHAD 2」も面白い取り組みです。「間(ま)」や「フリ」、「オチ」といった日本のお笑い特有のニュアンスを伝えられるように翻訳できれば、言語、文化の壁を取り払って海外向けにコンテンツを提供しやすくなります。AIは生身の芸人を置き換えるものではなく、有限のリソースである芸人の可能性を拡張してくれると考えています。
人はなぜ笑うのかを論理的に解明してAIに実装し、言い回しや間の微妙なニュアンスをくみ取れるようになれば、AIがコミュニケーション相手となって人に寄り添い、落ち込んでいる人を元気付けることもできます。ウェルビーイングの面でも健康の面でも役に立つのではないでしょうか。

例えば、「(バイトの子が)飛んで(=逃げて)代わりに出なきゃいけなくなった」という文脈の場合、従来サービスでは「飛んだ」と訳してしまうが、CHAD 2では文脈を反映し、「逃げた」と訳して、本来の意味を伝えられる
――今後はどのようにAI活用を広げますか。
梁芸人さん向けのネタ出し支援や、フリップや映像を作成するツールなど、表現者のアイデアをもっと簡単に形にできる仕組みを用意したいです。ただ、アイデアの源泉はあくまでも芸人さん自身にあり、AIはそれを支援する存在です。芸人さんのアイデアがよりスピーディーに形になって、世の中の至るところにあふれるようになれば、もっと面白さが広がるでしょう。
加山Geminiが、芸人さんがアイデアをどう表現するか悩まれる時の相談相手になれるというのは理想的な共存の形ですね。もう1つ我々がお聞きしたいのが、AI活用について不安に思われるコンテンツホルダーも多い中で、吉本興業さんは先陣を切ってAIの活用に踏み切られました。その理由についてはどう捉えられていますか。
梁やはり「可能性を拡張する」というところへの期待が上回ったということだと思います。もちろん我々にとってもコンテンツの著作権保護は大変重要なテーマです。でも、AIを無視するということはもうあり得ない。であれば、権利は守りつつ、AIを取り入れて、もっと面白いコンテンツを生み出すほうがいいだろうという思いがありました。
加山吉本興業さんとご一緒する中で感じたのは、芸人さんは本当に時代に敏感で、新しいものを先進的に取り入れていく方々で、それがAIが提供できる価値と非常にマッチしているということです。AI活用において、特定の分野の専門家だからこそ思いつくユースケースがたくさんあります。吉本興業さんにも、人を笑わせるためにどうAIを使うか、我々が思いもつかないようなアイデアをたくさん実現いただいています。例えば、先に挙げた「無限大喜利」なんて、AIが、自動でお題を生成し続けるわけです。AIに対して、答えを求めることが多いかと思いますが、人が楽しむための題材をランダムに提供することに活用され、それが多くのユーザーの方が楽しむプラットフォームに成長しています。AIのテクノロジーが、笑いのプロの力を借りながら、どこまで人が楽しみ、笑える機会を増やせるサポートができるのか。私たちのほうが技術の未来を見させてもらっているという感覚です。
梁そうですね、芸人さんがAIという武器を手に入れて使いこなせば、表現の幅をとんでもなく広げられると思うので、そういう環境を提供していきたいです。
もう1つ、私の担当しているB2Cプラットフォーム事業の「FANY」で言いますと、お客様が過去に観劇された芸人さんのネタの特徴やSNSでの評判などをAIが分析し、その方の好みに合った他の芸人さんを提案することで、新しい「推し」を発見するきっかけをくれるエージェントが作れたら面白いと考えています。そうしたAI時代のマーケティングで劇場に足を運んでくれるお笑いファンの裾野をもっと広げたいですね。
あとは、今、吉本興業で「笑いと健康プロジェクト」が進んでいるのですが、今後は笑いの構造が理解できて芸人さんのようなコミュニケーションができるAIが普及したら、世の中のメンタルヘルスやウェルビーイングに役立てる取り組みとして大きな価値があると考えています。
加山偉大な力を持つそんなお笑いに、AIがどこまでお手伝いできるのか。これからもそんな社会を明るく元気にする挑戦にご一緒できるのを大変楽しみにしています。

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