
――まず、ブレイズさんのグーグルでの役割について教えてください。
アルカス私は2013年にグーグルに参画しました。その時から、AIは重要なテーマになっていました。物理学と計算論的神経科学が専門である私にとって、神経科学とテクノロジーの融合というテーマは非常にわくわくするものでした。
最初の数年間率いていた組織は、当初こそ私1人だけだったのですが、最終的には600人規模にまで拡大した「Cerebra(セレブラ)」という研究チームです。テーマはAIですが、当時研究の主流だった大規模モデルではなく、AndroidやGoogle Pixelといった携帯デバイス向けの小規模AIモデルや、ユーザーのプライバシーを担保した分散環境で機械学習する革新的なアプローチの研究・開発を手掛けました。それが3〜4年前までのことです。
その後、2つの新たな役割を担うことになりました。AIをはじめとする先端技術の安全かつ倫理的な社会実装のあり方を追究する組織「テクノロジー&ソサエティ」のCTOになるとともに、将来のAI社会を見据えたパラダイムシフトを探求する基礎研究チーム「Paradigms of Intelligence(Pi:パイ)」を創設し、統括しています。半導体の物理的な実装からその上にあるアルゴリズムやモデル、さらにはAIが実装される社会の構造に至るまで、AIのあらゆるレイヤーで、今までとは全く異なるアプローチで根本的な変革を模索しています。
そして、AIに伴う課題のうち、エネルギーに関するパラダイムシフトを目指して動き出したプロジェクトが、2025年11月に発表した「Project Suncatcher」です。AIの普及に伴って将来的に指数関数的に増えていく電力消費の課題に対し、宇宙空間に構築した太陽光発電設備とデータセンターで対応できないかという、極めて大胆な挑戦です。

――Project Suncatcherはどのような構想で、どういった課題があるのでしょうか。
アルカス2年ほど前、京都で開かれたグリーンエネルギーとAIの会議に参加しました。そこではAIの消費電力急増が話題になっていましたが、私は当初楽観視していました。グーグルをはじめ、世界中の研究機関がAIの効率化を進めており、今後数年の間にエネルギーコストを少なくとも1000分の1に削減できると確信していたからです。ただ、よく考えるうちに、あることに思い至りました。AIの計算効率が高まれば、AIは一層安く便利になり、結果として効率向上を上回る需要が生まれ、その伸びに電力供給が追いつかなくなるのではないか。そうなると、計算効率の改善だけでは不十分で、今とは別のエネルギー源が必要になるのではないか。これが、Project Suncatcher立ち上げの背景となった課題意識です。
宇宙空間での太陽光発電は、人類の総発電量の100兆倍以上ものエネルギーを放出する、太陽という膨大なエネルギー源を利用できます。かつ、データによる計算処理は物質の移動を伴わないため、エネルギー源がある宇宙空間で計算を実行させて結果だけを地球に送るようにするという、他の産業では不可能なアプローチが可能となります。
これは非常に高度で複雑な工学的チャレンジであり、当然のことながら技術的な課題は山積しています。放射線によるハードウェアの損傷や誤作動への対策、液体や風を使えない環境でのコンピューターの排熱と冷却、何百、何千という衛星群の軌道コントロールや衛星間の高速通信など、課題はいくつも挙げられます。
――このプロジェクトの今後の展望と、日本に期待することは何でしょうか。
アルカスまず前提として、Project Suncatcherは、いわゆるムーンショットのプロジェクトで、いつまでにどういった成果を上げるという明確な最終成果物はないと私は考えています。今研究に取り組んでいる私たちの世代で実現にこぎ着けるものではないかもしれません。ですから、このような取り組みの目標は「できるだけ早く宇宙へ行き、実験と学習を繰り返してスケールさせること」です。これは、AIがある日突然完成したわけではなく連続的に進化してきたという歴史とも似ています。現在の宇宙工学においてAIの活用はまさにロケットパックを背負うようなもので、開発を圧倒的に加速させる強力な追い風となっています。
日本はAI先進国としての政策を強化していますし、地理的な要因でエネルギーが大きな課題となっていることもよく理解しています。Project Suncatcherの研究については、グーグルは宇宙産業そのもののプレーヤーではありませんから、多くの社外パートナーと一緒に推進していきます。そういうパートナーとして、日本の政府や企業にも期待しています。
――Project Suncatcherが想定するような未来において、社会はどのように変化し、それに私たちはどう向き合うべきとお考えでしょうか。
アルカス5年、10年後の未来において、AIはツールとしての存在を超えて、社会の構造を根本から変えるものになるでしょう。鍵となるのはAIエージェントです。
将来的には、企業に属するものや特定の領域に特化した「フリーランサー」など多様なエージェントが登場し、単に人間の指示を実行するだけではなく、エージェント間で高度な連携を行う非常に複雑なネットワーク(トポロジー)を形成していきます。その総数は人間の人口を上回るようになるでしょう。
重要なのは、AIは人間を代替するものではなく、ともに成長していく存在であるということです。確かに、例えば産業革命期の英国でのラッダイト運動(機械式織機の発明により職を失った職人たちが起こした抗議運動)のように、歴史的に技術革新が雇用にショックを与えた事例はあります。しかし、その後現代に至る状況を見れば、人間とテクノロジーの関係性は、単なる「代替」ではなく、より豊かで密接な結び付きへと進化しています。真の成長とは、既存の何かを安価なものに置き換えることではありません。人間とテクノロジーが深く連携し、これまでにない「新しく、より豊かな相乗効果」を生み出して社会全体の可能性を広げていくことです。それは一企業の利益だけでなく、地球全体、そして人類という種にとっての未来の成長の姿であると考えています。

Google
VP and Fellow
and CTO of Technology & Society
ブレイズ・アグエラ・イ・アルカス(Blaise Agüera y Arcas)氏
Google ヴァイスプレジデント兼フェロー、Google テクノロジー&ソサエティ CTOとして、AIの基礎研究、特にニューラルコンピューティング、能動的推論、進化、社会性の基礎研究に取り組むチームをリード。Googleでは、Android、ウェアラブル、IoT向けオンデバイスMLを含む、拡張性があり、プライバシーを重視し、社会全体に有益なアプリケーションの設計を主導。また、ユーザーデータの共有を避けた分散環境でニューラル ネットワークをトレーニングするアプローチ Federated Learning の発明者でもある。
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