
鼎談はGoogle DeepMind プリンシパルサイエンティスト・東京拠点リードの全炳河氏がモデレーターを務め、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)教授 東京大学定量生命科学研究所教授の齊藤博英氏とGoogle DeepMind ヴァイスプレジデントでScience and Strategic Initiativesを率いるプッシュミート・コーリ氏を迎えて行われた。
医療領域や生命科学領域でのAI活用について聞かれたコーリ氏は、「Google DeepMindの使命は、人類に恩恵をもたらすAIを責任ある形で開発することです。その観点から、AIの活用領域として最もインパクトがあるものの一つが科学の世界です」と語る。
コーリ氏が8年前にGoogle DeepMindに合流してから、たんぱく質の構造予測や量子化学から始まり、ゲノミクス、天気予報、核融合など、次々に取り組むテーマが増えた。テーマ選定の鍵となるのは、世界に変革をもたらすほど重要であること、AIなしでは解決できないほど困難であること、そして科学者とAI専門家が連携する学際的なアプローチであることだ。
成果の一つが、アミノ酸の配列からたんぱく質の立体構造を高精度に予測するAIモデルであり、2024年のノーベル化学賞を受賞したAlphaFoldの開発だ。最新版のAlphaFold 3ではDNA、RNAなどの分子構造も予測できるようになった。山中伸弥教授が発見したiPS細胞をさらに安全で高品質なものにしようと研究に取り組むCiRAでも活用されている。
齊藤氏は、より正確で効率的な細胞精製や治療薬開発を視野に、体の細胞を作るのに重要な役割を果たすRNAの研究を進めている。「実際に独自のAIを使ってRNAでできた酵素を作ったところ、天然のRNA酵素より優れた効果を持つことが分かり、AIの持つパワーを実感しました」と話す。
AIが生命科学にもたらす変革の可能性について、コーリ氏は「例えば人体の大部分は水分ですが、私たちが知的活動を行えるのはたんぱく質などの構成要素のおかげです。AIでその構造を解明することが、生命の理解につながります。それによって、見過ごされてきた病気の治療法や新薬が見つかるなど、この技術は様々な分野に応用できます」と語る。
オープンソースであるAlphaFoldのユーザーは現在約330万人に上り、そのうち日本でも12万人が利用するなど、応用範囲が広がりつつある。筑波大学の研究チームからは、AlphaFoldを使ってRNAの分子構造を解明した事例も生まれている。

齊藤氏は「AlphaFoldの登場は革命的でした。最初は本当に活用できるのだろうかという見方もありましたが、科学者全体のコミュニティーで効果が実感されて驚くべきスピードで活用が広がり、今では日常的なツールとして利用されています。AlphaFoldのおかげで研究や開発のスピードが劇的に変わりました」と話す。
CiRAは現在、AIエージェントシステム「AI co-scientist」のアジア初のトラステッド・テスターになっている。研究者が新たな仮説を立案し、研究計画を策定する際のパートナーとして機能するもので、科学的発見のスピードを飛躍的に向上させると期待されている。齊藤氏は「CiRAの研究者たちがAI co-scientistを利用して課題に対するアプローチを試みている段階です。AI co-scientistは、正確な文献情報に基づいて多くの実験の仮説を提示してくれます。この先、どのような実験結果が出るのかワクワクしています」と話す。
全氏の「研究機関がAI技術の活用を加速させるには、どういった方策やマインドセットが必要でしょうか」という質問に対し、齊藤氏は「AIは2を8にする技術は本当に強いのですが、0から1を生み出すのは難しいと聞きました。科学者が斬新な発想で新たなシーズ(種)を生み出しAIがそれを拡張する、という形でAIと科学者が連携しながら研究を進めていくのが重要ではないでしょうか」と話した。

AIが科学界におけるどのような課題を解決する可能性を秘めているかについて、コーリ氏は「たんぱく質が生命を形作っている原材料であるなら、ゲノムはそのレシピ本です。ゲノムという『生命のレシピ本』を、人類は読むことはできてもまだ真に理解することはできていません。AIにはその『生命の言語』の秘密を解き明かし、生命の設計図を深く理解するという大きな課題を解決する可能性があります」と述べた。
生命科学以外の科学分野でもAIの持つ可能性は大きい。その一つが天気予報だ。かつてスーパーコンピューターで何日もかかっていたシミュレーションを、たった一つのチップで、1分以内に同じ精度で実行できる。「私たちが開発したAIモデルはかつてない精度で天気を予測できます」とコーリ氏は語る。
AIの進歩が科学の未来にもたらすであろう影響について齊藤氏は「AlphaFoldと同じようにAI co-scientistのパワーを実感しています。科学の分野でAIを活用することは必須になるでしょう。科学者は自分の領域に閉じこもりがちですが、AIによって様々な人とのつながりができ、異なる分野の技術を結集することで解ける問題、そして新しい研究分野も出てくるはずです」と今後の変化を予想する。AIが科学者のアプローチも変えていくことになるのかも知れない。
鼎談の後半では、会場からの質問を受け付ける時間が設けられた。「AIの技術が進歩すると、産業界や学術界における関係性にはどのような変化が起きるでしょうか」との質問に対してコーリ氏は、「エコシステム全体が恩恵を受ける協調的な関係が重要です。AIが科学者のためのツールとなるよう、学術界や科学コミュニティーと連携して開発していくことが必要だと考えています」と話し、齊藤氏は「重要な科学的課題をどう解くかというプロセスを、アカデミアも企業も皆で議論する場が重要だと思います」と述べた。
AIは未知の領域を切り拓く科学者のパートナーであるという共通認識の下、組織を超えて知見を共有する協働こそがイノベーションの鍵になると語られ、会場からの大きな拍手で鼎談は幕を閉じた。
なお、当イベントの他のセッションリポートは、Vol.33、Vol.36で紹介する。

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