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2018.03.30
文=林愛子
団塊世代の大量離職やリストラのための早期退職制度などにより、企業ではベテランの技術やノウハウの伝承、共有が課題になっている。経済産業省、文部科学省、厚生労働省で作成された2017年版ものづくり白書でも、日本の製造業にとって今後確保が必要な人材として大半の企業が技能人材をあげており、ベテランの活用に注力している。何年間も現場に立ち続けているベテランだからこその確かな技術と、第六感のような明文化されていないノウハウをいかにして次世代に受け継ぐか。これはすべての企業や組織に共通する課題と言えるだろう。
熊本県のJAくまにも、やはり次世代に受け継ぐべきノウハウ、ベテランの知恵がある。それをTACという仕組みを使って、地域の活動に生かしている。
JAの事業領域は幅広い。中核は農業そのものを支援する営農・生活指導事業だが、もちろんそれだけにとどまらない。農産物の販売などを手掛ける販売事業、資材調達等を担う購買事業、各種金融サービスを扱う信用事業、さらには共済事業、福祉事業など、農業に紐づくすべてを扱っている。
これだけの幅広さがあるからこそ、JAは農業従事者にとって頼れる存在なのだが、新規就農者からは「まさかこんなことまでJAに相談できるとは思ってもみなかった」と声があがることもある。長年農業に従事してきた人でも「子どもに良い形で事業を承継したい」「老後に向けて対策を考えたい」といった漠としたテーマの場合、どの事業部門が担当なのか迷うことがあったという。
熊本県人吉市・球磨郡で事業を展開するJAくまのTAC活動は、まさにその痒い所に手が届く施策を実施している。窓口となる担当者が、地域の担い手に直接出向いて徹底的に話を聞く。さらにどのような悩みにも迅速に答えられるようJAくまでも選りすぐりのベテランを起用しているのだ。
JAくまでは2016年策定の活動総合3カ年計画にTACを盛り込み、担い手専任渉外課を新設した。代表理事組合長の福田勝徳氏は同課の活動を、自己改革の一環として位置づけている。
「JAにとって重要なのは地域密着型の活動です。実際に現場に出向き、担い手の“生の声”を聞いて回るTAC活動には大いに期待を寄せています」
担い手専任渉外課のメンバーに任命されたのは課長の星原幸広氏、嘱託職員の藤本勇二氏と久保田徳男氏。3人とも地元出身でこの地域に精通している上に、JAで携わった事業部門も多種多様。長年統括支所長を務めるなど、JAが有する機能を知り尽くしている。だからこそ、JAの幅広い事業を見渡したうえで、地域の課題に適した部門につなぐという横断的な動きが可能となる。
JAくま管内には4つの支所があり、それぞれに特徴がある。
例えば、星原氏が担当する上球磨エリアはメロン・イチゴをはじめとする施設園芸栽培がメインの地域。藤本氏が担当する中球磨エリアは経営規模の大きい農業者が多く、若手へのバトンタッチも順調に進んでいる。タバコ栽培のほか、畜産も盛んだという。久保田氏が担当する中央エリアと下球磨エリアは熊本県有数の茶葉の産地として知られる。他エリアに比べ小規模経営農家が多く、後継者不足が課題だという。
TAC活動の初年度にあたる2016年度は、各地域の認定農業者、新規就農者、集落営農組合・法人組織のもとをひたすら訪問して歩いた。
「最初は購買に関する相談や苦情が目につきましたね。どの肥料を買えばいいのかとか、燃料費が高くて困っているといったことです。でも、話すうちに、営農相談や農機具の買い替えなどにも話題が広がっていきました。その場で分かることは答えて、対応できない課題は持ち帰って共有しました」(藤本氏)
この情報の取り扱いフローが確立されていることがJAくまのTAC活動の強みだ。個別訪問で得た情報は内容に基づいて整理・分類し、即時対応が可能なもの、急ぎ対応すべきものは担当部署に持ち込んで相談をする。どの部署に持ち込めばいいのかを、的確に判断できるのはJA事業に精通したTACならではだ。対応済みのもの、未対応のものも含めて、すべての情報は毎週月曜日に参事と担い手専任渉外課3人で開催する週次ミーティングで共有する。
「常勤役員や各部門の部長、JA熊本中央会・連合会の担当者らが参加する月次ミーティングでもTAC活動で得た情報を報告しています。情報には意見や要望もあれば苦情もありますが、生の声を共有することが重要。内容によってはミーティングの場で意思決定することもありますし、部門間にまたがるような課題であっても部門長がそろっていますから、具体的な対策を検討しやすいのです」(星原氏)
早くもTAC活動に基づく成功事例が出ている。
中球磨エリアはタバコの栽培が盛んだが、2016年は天候の影響を受けて不作が見込まれた。もともとタバコの収穫が終わった後に何か栽培できないかが話題になっていたこともあり、これを機に担当の藤本氏が課題を洗い出し、JAくまで対策を検討。その結果、タバコの収穫後にズッキーニ栽培に挑戦することになった。
「ズッキーニは生育が早く、かつ長く収穫できるんです。タバコ収穫後に種を捲くと9月初旬から収穫が始まり、霜が降る11月まで収穫ができます。ただ、ズッキーニは雨に弱く、露地栽培だと影響を受けやすいので、ハウスの用意が必要です。そのための費用負担が担い手に大きくのしかからないよう、中古ハウスの斡旋や補助事業を活用するなど、支援策を講じました」(藤本氏)
ズッキーニは近年消費が拡大している野菜のひとつ。もともとJAくま管内では中央エリアでズッキーニを栽培していたが、中球磨エリアにも広がったことで、いまでは全国第3位の生産量を誇るまでになった。2018年2月には約130人からなるズッキーニ部会が設立され、さらなる活性化を図る。「現状の売上げは約8300万円ですが、来年は1億円を超える見込み」(藤本氏)だという。
農業を起点とした地域活性の重要なキーワードに6次産業化がある。球磨郡あさぎり町のあさぎり農園では、ビーツなど野菜を加工したスムージーを製造販売しているという。JAくまでも今後、ズッキーニなどの特産品の強化から発展した6次産業化にも期待が寄せられる。