勇気を! 災害復興の農業モデル

被災農家の早期復活に尽力、JA筑前あさくら

山林を切り裂き、山肌を露にした爪痕がまだ残る。福岡県朝倉市内の山間を流木や土砂がえぐった跡だ。爪痕を残したのは、2017年7月の九州北部豪雨である。市内では24時間降水量が観測史上最多を記録(当時)。流木は果樹をなぎ倒し、土砂は田畑を覆った。市内に本所を置くJA筑前あさくらでは、即座に県内のネットワークを生かし、被災地区の復旧に奔走。新たな営農支援事業を考案し、復興への道筋をつけた。事業はいま、新たな局面を迎えている。

 「農家を助けるためやけん、失敗したっちゃよか。災害復興に希望を見いだせるなら、思い切ってやれ」。被災後間もなく、JA筑前あさくら代表理事組合長(当時)の深町琴一氏が腹を固める。災害復興に向け独自に考案した営農支援事業は、こうしてスタートした。

 JAが適地を借り受け、手を挙げた被災農家と野菜や果樹を栽培。収穫を十分に得られる時期が来れば、農家に全てを譲り渡し、生産・経営を委ねる。それまでの投資や経費はJAが負担。農家は当面業務受託のため、リスクは負わない。

JA筑前あさくら 総合企画部 部長 濱﨑俊充 氏
JA筑前あさくら 総合企画部 部長 濱﨑俊充 氏

 その間、リスクを肩代わりするのはJAである。外部から得られる義援金は使用使途が限られており、ハウス建設に活用する補助金や経費に充てられるのは、ほんの一部。ほぼ持ち出しの赤字事業だ。

 「それでも、農業の復興には代えられません」。JA筑前あさくら災害復興対策室課長として陣頭指揮を執った現総合企画部部長の濱﨑俊充氏は訴える。

 何しろ観測史上最多の豪雨である。農業の被害は甚大だった。

生活再建に限られるボランティア活動

 豪雨当日の様子を、濱﨑氏は鮮明に記憶する。「その日は市内北東部の山間から車で戻るころ、雨が降り始めました。すぐ見通しが利かなくなった。バケツをひっくり返したような降り、なんてものじゃなかったですよ。地球が壊れてしまったかと思うくらいでした」

 北東部の山間では、平地を東西に横切る筑後川に向かい、小さな河川が何本も流れ込む。それらが氾濫する一方、山腹崩壊が発生。大量の流木や土砂が、斜面地の果樹園や平地のハウスに襲い掛かった。

 果樹園では県内JAで生産量2位の柿や梨が、ハウスでは同じく生産量トップの博多万能ネギが収穫を控えていた。そこに、大量の流木や土砂。「管内のおよそ半分の地域がなんらかの被害を受けました」(濱﨑氏)

福岡県のほぼ中央に位置するJA筑前あさくら。多種多様な農産物が育つその管内を記録的な豪雨が襲った
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福岡県のほぼ中央に位置するJA筑前あさくら。多種多様な農産物が育つその管内を記録的な豪雨が襲った
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福岡県のほぼ中央に位置するJA筑前あさくら。多種多様な農産物が育つその管内を記録的な豪雨が襲った

 JA筑前あさくらではすぐ、被災地区の復旧に立ち上がった。

 まずは浸水被害を受けた果樹・野菜選果場4カ所と、集出荷場2カ所の復旧である。被災地区とはいえ、農家の被害はまだら模様。生活・農業ともに打撃を受けた農家もいれば、どちらか一方で済んだ農家や無被害の農家もいる。収穫物を出荷できる農家にとっては、選果場や集出荷場の早期稼働が待たれる。

 「幸い建物そのものは被害を免れたので、土砂や瓦礫の搬出で済みました。職員総出で作業にあたり、数週間で再稼働に持ち込みました」と濱﨑氏。出荷可能な農家には、再稼働までの間、無被害の施設を利用するよう促したという。

「がんばろう!	農業」の文字が躍るJA筑前あさくらの本所。農業復興の一大プロジェクト、JAの果たす役割は大きい
「がんばろう! 農業」の文字が躍るJA筑前あさくらの本所。農業復興の一大プロジェクト、JAの果たす役割は大きい

 続くは、農家の生活再建と営農再開の支援だ。市は発災後、社会福祉協議会協力の下、災害ボランティアセンターを開設済み。そこで受け入れたボランティアの手を借りる想定だった。ところが、その活動範囲は生活再建に限られるものであった。

 「社協運営のセンターで受け入れたボランティアは、経済事業は対象外でした。手をこまねいていれば、果樹園やハウスの土砂や瓦礫は、いつまでたっても片付けられないことになってしまいます」(濱﨑氏)

 そこで頼ったのが、県単位の組織であるJAグループ福岡だ。組織を通じて傘下の19JAと4つの連合会の職員から、土砂や瓦礫の搬出ボランティアを募った。一輪車やスコップなど必要な資材を支給し、営農指導員が被災農家に人員を割り当てていった(最終的には延べ2465人参加)。

被害当時の様子。流れ込んだ大量の土砂や瓦礫を運び出していく(写真提供:JA筑前あさくら)
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被害当時の様子。流れ込んだ大量の土砂や瓦礫を運び出していく(写真提供:JA筑前あさくら)
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被害当時の様子。流れ込んだ大量の土砂や瓦礫を運び出していく(写真提供:JA筑前あさくら)

 土砂や瓦礫の搬出は急を要する。とりわけ博多万能ネギを栽培する農家は、ネギ専作だ。全滅の憂き目に遭った農家は、ハウス内を次の種をまける状態にまで早く復旧しないと、収穫ゼロで無収入が続く。その復旧支援をJAは最優先した。

 ハウスでの作業が落ち着くと、次は果樹園だ。「表土を覆う土砂や瓦礫をどけないと、酸素を根から取り込めず、そのうち枯れてしまいます」と濱﨑氏。幸い山間の道路は徐々に復旧が進み、ボランティアの手も入れやすくなっていた。