デジタル×ブランド化でセルリーと人を育てる

~ICTでノウハウの見える化・継承に挑むJA山形市

若手の新規就農者にいかに栽培ノウハウを伝えるか。特産品のセルリー生産を行うJA山形市では、ベテランのノウハウ可視化と継承を目指し、スマートフォンでハウス内の温度や湿度が確認できる仕組みを導入。さらに地理的表示(GI)保護制度に「山形セルリー」を知的財産として登録し、ブランド強化と販売単価向上につなげた。一時期の生産低迷からⅤ字回復を遂げた山形セルリー。未来へと紡ぐ新たなチャレンジの物語。JA山形市が描く市場戦略を追ってみる―

一度は落ち込んだセルリー生産復活への道のり

 セルリーは栽培難易度の高い作物だ。例えば温度が少しでも寒すぎると茎が固くなり、花を咲かせてしまう。水を必要以上にやりすぎて湿度が高くなると病気になる。さらに栽培ハウスなど大規模投資も必要で、種蒔きから収穫まで6カ月かかるなど、誰もが手掛けられる作物ではない。そのためセルリー産地は、北は北海道から南は福岡・熊本まで、全国で10産地ほどしかない。その一つがJA山形市だ。一般的にはセロリと呼ばれることが多いが、ここではセルリーと称している。

苦みが少なく瑞々しい食感が特長の山形セルリー
苦みが少なく瑞々しい食感が特長の山形セルリー

 JA山形市は、旧山形市全域を管轄とする都市型JAだ。生産物は、米、野菜、花卉が盛んで、特にセルリーに力を入れている。セルリーは1968年から栽培に取り組み始め、50年の歴史がある同JAを代表する野菜である。当時まだ日本の食卓になじみが薄かったセルリーだが、JA山形市の若手生産者4名がその栽培に挑戦。セルリー栽培の第一人者であった東京都江戸川区の故伊藤仁太郎氏を訪ねて教えを請い、栽培を始めた。栽培の難しさから市場競争も少なく、JA山形市における生産は順調に伸び1998年には出荷額にして1億円を突破。東北随一のセルリー産地へと成長する。

 しかしその後、生産者の高齢化につれ徐々に生産量が縮小し、一株が重い重量野菜のため若手生産者からは敬遠されたこともあり、2013年には出荷額が4000万円程度まで落ち込む。最初にセルリー栽培に挑戦した1人で現在セルリー部会長を務める会田和夫氏が、強い危機感を抱きJA山形市に相談。これをきっかけとして、山形セルリーの生産を復活させようと2014年、「『山形セルリー』農業みらい基地創生プロジェクト」が発足した。同時にプロジェクト担当部署として新設されたのが農業振興課だ。当初から同課の責任者としてプロジェクトを支えてきたJA山形市 経済部農業振興課 課長 鈴木公俊氏は、次のように語る。

山形セルリー生産の歴史を振り返るJA山形市の鈴木公俊氏
山形セルリー生産の歴史を振り返るJA山形市の鈴木公俊氏

 「何よりも新たな生産者の育成が急務でした。セルリーを栽培するには農地に加えて、環境をコントロールできるハウスが必須です。さらに農業機械も含めると、新規就農するには3000万円から5000万円規模の投資が必要になります。個人ではなかなか難しいため、JAでセルリー生産団地を用意して貸し出すことで初期投資を不要としました。2018年までに栽培ハウス69棟と共同育苗ハウス1棟、5ヵ所の井戸を整備し、共同で使える農業機械も用意しました。ノウハウの指導は会田さんを中心としたベテラン勢に担っていただき、2014年から研修生の受け入れを始め、2年間の研修ののち団地を貸し出しています」

JA山形市の広大なセルリー生産団地のハウス群
JA山形市の広大なセルリー生産団地のハウス群

ベテランのノウハウ見える化にICTを活用

 団地化構想が奏功し、2013年に4000万円程度に落ち込んでいた出荷額は、2017年に7800万円へと回復を果たす。2014年に15名だったセルリー部員は、2018年には20名に増加。そのうち8名が新規就農者で、年齢構成も2014年には30代以下がゼロ、40代も13%だったのが、2018年には20代が10%、30代が5%、40代が15%と若返った。そして若手の就農者が増えるなか、新たな課題になっているのが、高品質のセルリーを安定生産するための技術習得である。

 「非農家出身の若手が多いので研修は大変です。農業に興味があっても、スコップも鍬も持ったことがない。研修初日にジーパンで来られる方もいます。農業に何が必要か分からない。本当にゼロベースからのスタートなのです」(鈴木氏)

 会田氏らベテラン勢は研修期間中、農業経験のない受講者たちにセルリーの栽培ノウハウを伝えるべく奮闘する。だがデリケートな管理が欠かせないセルリー栽培だけに、熟練者のノウハウをわずか2年間で伝え切るのは難しいとJA山形市 経済部農業振興課 安孫子誉晃氏は語る。

ICT活用の経緯を語るJA山形市の安孫子誉晃氏
ICT活用の経緯を語るJA山形市の安孫子誉晃氏

 「たとえばベテランの生産者ならハウスに入った瞬間、肌感覚で温度や湿度がわかります。しかし新規就農された方にとって、その感覚は2年間の研修で会得できるものではありません。そこでベテランと新人のハウスでは何が違うのか、ICTを使ったデジタルデータを収集し、比較してみようという試みがスタートしたのです」

 安孫子氏は「検討したのは生産者ごとのハウスの中に温度・湿度を図るセンサーを設置し、リアルタイムにその状況を把握・比較することです」と話す。また鈴木氏も次のように補足する。「2年間の研修を行って、もちろんある程度のノウハウは身につきますが、データとしては何も残らない。ハウスの状況をデジタルデータで蓄積し、リスク管理をしたいと考えました」

ハウス内で栽培中の山形セルリー。厳格な温度・湿度管理によって品質が保たれる
ハウス内で栽培中の山形セルリー。厳格な温度・湿度管理によって品質が保たれる

 何社かのソリューションを検討した結果、JA山形市が選択したのがNTT東日本の「eセンシング For アグリ」である。これはセンサーやクラウドなどのICTを活用し、圃場データの見える化を行うソリューションだ。ハウス内に設置したセンサーにより、照度データと地上および土中の温度・湿度を15分おきに収集。生産者はスマートフォンのアプリからデータを確認できる。高精度に取得できることに加え、センサー設置の自由度が高いことも重要だったと鈴木氏は話す。「セルリーは春と秋に種まきと収穫を行い、収穫作業が重ならないよう順につくっていくので、複数のハウスを移動しながら作業します。そのためセンサーの場所を時期に応じて移動する必要があります。同機のデータ送信機には小型の太陽光パネルが付いており、給電が不要なので簡単に移動できるのもポイントでした」

設置された「eセンシング For アグリ」の送信機。本体から延びたケーブルの先に、温度や湿度などを図る各種センサーがついている
設置された「eセンシング For アグリ」の送信機。本体から延びたケーブルの先に、温度や湿度などを図る各種センサーがついている
生産者はスマートフォンのアプリから、センサーデータをいつでも確認できる
生産者はスマートフォンのアプリから、センサーデータをいつでも確認できる

 なお、ハウス内の空気は暖気は上に冷気は下に溜まるため、計測位置が変わってはデータを比較しても意味がない。そこでセンサーの設置にあたっては、最適な位置・高さを検討し全ハウスで統一を図った。