年収800万円の農家、夢がいっぱい!

新規就農者が中山間地域で増え続けるJA愛知東の奇跡

今回の取材先は、JR豊橋駅から車で1時間ほどの中山間地域だ。過疎化が進み、決して利便性が良いとはいえないこの地で、ある奇跡が起きている。地域外からの新規就農者が相次ぎ、多くがこの地に定着。生産部会をリードするほど活躍する人材も増えている。こうした奇跡がなぜ起きているのか。その実態に迫る。

毎年約8名、新規就農者が増える奇跡

 愛知県北東部に位置し、北は長野県、東は静岡県に接する中山間地域。かつて長篠・設楽原の戦いの舞台となった古戦場が今回取材したJA愛知東の管轄エリアだ。急峻で狭小な農地が多い中山間地域で、驚くことに2012年から約10年間に、実に80名が新規就農した。なかでもトマト生産部会は62名の部会員のうち、6割を超える39名が新規就農者だ。しかも、その8割が地域外からの移住者だという。部会の販売額も着実に増えている。2019年度の1戸当たりの販売額は774万円。10年前の609万円に比べて27%も増加した。

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部会における新規就農者の割合と販売額の推移
部会における新規就農者の割合と販売額の推移
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 JA愛知東トマト部会における「採用」と「収益化」の成功モデルは、第50回日本農業賞 集団組織の部 大賞(2021年)に輝き、今や全国から視察が絶えない。

 この地はもともと過疎化・生産者の高齢化という問題を抱えていた。散発的に新規就農者はあったものの、部会員は減少の一途をたどる。そこで2005年にトマト部会3つを統合し、その際、JA愛知東が10年後の産地シミュレーションを提示した。地元の後継者だけではもはや産地が維持できないことが数値で示されると、地域外から若手を呼び込む必要性を皆が痛感。部会員に危機感が共有された。閉鎖的になりがちな農村に最初の風穴が開いた。

愛知東農業協同組合(JA愛知東) 営農部 部長 原重信 氏
愛知東農業協同組合(JA愛知東) 営農部 部長 原重信 氏

 トマト部会は県、市町村、JA、農林業公社などから成る「新城設楽地区地域担い手育成総合支援協議会(以下、協議会)」と連携し、新規就農者誘致に取り組み始める。2012年には国が「青年就農支援事業」をスタート。研修期間中の2年間、150万円/年が支給され、活動はさらに活発化した。JA愛知東 営農部 部長 原重信氏は「それまでは県からの紹介を受け入れる程度でした。国の事業を契機に自治体と協力して体制を整え、研修期間も決めて、新規就農フェアなどにも積極的に参加するようになりました」と語る。ただし、ここまでは全国の他の産地でも見られる取り組みだろう。JA愛知東が特筆に値するのはここからである。

就職活動ならぬ、就農活動を呼び込む

 就農相談会のJA愛知東のブースで出迎えるのは、トマト栽培を始めた際の「初年度収支イメージ表」だ。栽培面積に対して労働時間も示された夏秋トマトの売上額。経費は、種苗費、肥料費、農具費はもとより、動力光熱費、地代・賃貸料、雇入費など細部にいたるまで仕訳されている。その次は生活費だ。食費、住居費など発生する支出がリアルに示される。収支残額は50万2400円。一年間働いて貯金できる生活だ。なぜ、そこまで徹底して開示するのか。

新城市でトマト栽培経営を始める場合の、初年度収支イメージ(単身経営のケース)
新城市でトマト栽培経営を始める場合の、初年度収支イメージ(単身経営のケース)

 原氏は二つのポイントで解説する。「就農は、経営者になることと一緒です。栽培だけに専念すれば良いのではなく、“経営者になる”という覚悟が必須です。もう一つは、この地で懸命に努力すれば、生活が成り立つということを伝えたい」。地域や品目によって収支計画が異なるのが農業だ。管区の詳細な収支イメージを開示することで就農相談の敷居を低くすると共に、一方では将来の経営者として相応しいかを面接で見ているという。「企業の採用面接と同様、農業でも就農人材としての適性を厳しく見定めることが重要です」と語る。就農希望の“応募増”と、就農後の“離農減”を両立させる仕組みがここにはある。

 実際の数字を見てみよう。2012年から受け入れた新規就農者80名のうち、離農したのは4名とわずか5%。その少なさは特筆に値する。もちろん、就農希望者には現地説明会にも促し、暮らしを含めた情報交換を先輩農家としてもらう。ちなみに、その過程でも経営者たる農業人材として相応しいかを見ているという。「美味しい作物を自分の手で作りたい、消費者に喜んで貰いたい」という価値観がとても大事だと原氏は言う。里山が好きだから、儲かりそうだから、会社勤めが厳しいから、という動機ではとても務まらない。経営者になる覚悟が足りないからだ。農業に限らず、全ての職業において適性と素質が求められるだろうが、就農希望者にその輝く原石があるかどうか、地域一体で受け入れるからこそ、その見極めが肝心なのだといえる。そんな採用面での特徴を見たところで、実際に就農した野畑和明氏の例を見てみよう。

新城市作手地区でトマト栽培を約20年続ける野畑和明 氏
新城市作手地区でトマト栽培を約20年続ける野畑和明 氏

 JA愛知東管内の新城市作手地区で、約20年前に新規就農した野畑氏は、元大手医薬品メーカーのMRだ。現在は数棟のハウスを構え、土づくりにこだわったトマト栽培をしている。パート主婦やシルバー人材5名を雇うまでになり、雇用創出にも貢献。3名の新規就農者の受け入れも実施した。地域の氏子総代も引き受けており、今ではすっかりこの土地に溶け込んでいる。

 就農当時、野畑氏がこの地で就農しようと決めたきっかけは、現地説明会で先輩生産者の声を聞き、具体的なイメージが持てたからだという。野畑氏は「土づくりに力を入れた減農薬のトマト栽培に魅力を感じましたが、それ以上に自分と同じ未経験から苦労を重ねつつ成功したリアルな体験談を聞き、この人の元で農業をやりたいと思いました」と語る。良い作物をつくる“職人”としての側面、収益を上げる“経営者”としての側面を、就農後も先輩生産者から学んだという。このような地域全体で人を育てる仕組みは、採用面だけにとどまらない。