農業にBCMは可能なのか?

~台風15号、コロナ禍における花きの被害状況とJA安房

温暖な気候に恵まれ、大消費地東京にも近い房総半島は花き(かき:観賞用の植物)の一大産地だ。2019年には台風15号、19号に襲われ約半数のビニールハウス(以下、ハウス)が損壊するなど大きな被害を受けた。復旧も道半ばの2020年には新型コロナが襲う。冠婚葬祭の縮小や花を飾る商業施設の多くが閉まり、需要減から価格が暴落。厳しい状況が続く。相次ぐ災厄に見舞われた花き産地は、どのような状況に追い込まれたのか。自然が相手の農業にBCM(事業継続マネジメント)は可能なのか? JA安房の取り組みを追う。

ハウスが損壊。巨大台風が奪った花き農家の日常

 JA安房は館山市、南房総市、鴨川市、鋸南町の千葉県南部の3市1町で構成される。最大の産品は食用菜花で、ビワ、イチゴなどの果物生産も盛んだ。館山市の神戸(かんべ)支店管内では花き生産が盛んで、売上高の半分以上を占める。主要出荷先は大田花き市場をはじめとする首都圏である。

 神戸支店の花き生産部会は68名の組合員から成り、ユリ、トルコキキョウ、カーネーション、ストック、ひまわりなど多彩な品種を生産している。春から夏にかけて収穫する品種と秋から冬にかけて収穫する品種があり、年間を通して出荷がないのは9月のみ。露地栽培もあるが、環境をある程度コントロールできるハウス栽培が多い。東京から近いという立地の良さや、房総半島=花というイメージが浸透するJA安房管内の花き栽培は長年順調に推移してきた。

日常から冠婚葬祭までシーンを選ばず使われているトルコキキョウはJA安房の主力品種のひとつだ

 穏やかな気候のこの地域に、巨大台風が牙をむいたのは2019年9月8日。最大瞬間風速57.5m/sという観測史上1位を記録した台風15号(令和元年房総半島台風)が首都圏を直撃した。千葉県のゴルフ練習場「市原ゴルフガーデン」で、高さ10メートル以上の鉄柱が風圧によって倒壊したショッキングな映像は今でも記憶に新しいだろう。実際、台風が直撃した千葉県には甚大な傷跡を残した。住宅損壊は現時点でおよそ7万5千棟にのぼり、取材した2020年6月現在も、壊れた屋根をブルーシートで覆っただけの家屋も目立ち、復旧・復興は道半ばだ。

JA安房 神戸支店 花き生産部会 副組合長 黒川仁氏

 農業も例外ではない。千葉県の発表によると、農林水産業の被害額は400億円を超え、東日本大震災の346億円を大きく上回った。JA安房 神戸支店 花き生産部会 副組合長 黒川仁氏は、「うちはハウスが3分の2くらい倒壊しました。圃場を見に行って唖然とし、10日くらい何もできませんでした」と、その衝撃の強さを語る。

 本来、ハウスは、病気や害虫、雨による農作物へのダメージを避ける役割がある。旬でない時期にも作物を収穫でき、農家にとっては安定的に栽培し収穫できるメリットがある。しかし、歴史的な自然災害はその常識を超えた。被害はすさまじく、多くのハウスが損壊。ハウスの暖房など各種設備も大きな被害を受けた。突風の通り道に当たった場所での損害が特に大きく、被害の程度は生産者によってバラツキがあったが、生産部会全体で約半数のハウスが損壊したという。

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台風15号により多くのハウスが損壊。農家の多くがその様子に言葉を失った

追い打ちをかけた台風19号。そしてコロナ禍…

 特に甚大な被害にあったのが、翌月に出荷を控えていた秋出しのトルコキキョウや冬から春の切り花に広く利用されるストック。トルコキキョウの出荷は例年の2、3割にとどまり、植え付けたばかりのストックも壊滅した。

JA安房 神戸支店 花き生産部会 理事 鈴木政孝氏

 追い打ちをかけるように、10月12日から13日にかけて台風19号(令和元年東日本台風)が発生。JA安房 神戸支店 花き生産部会 理事 鈴木政孝氏は、「台風15号の直後ということもあり、ハウスの倒壊を防ぐためビニールをはがす人が多かった。ただビニールをはがすことは、植え付けたばかりの畑を犠牲にすることになるため苦渋の選択でした」と語る。しかし、それが裏目に出た。ビニールをはがして倒壊は免れたが、今度は塩害に見舞われる。海が近いため、吹き荒れた風により海塩が圃場に降りかかってしまったのだ。結局植え付けたばかりの苗を諦め、新たな植え付けをするしかなかった。

JA安房 神戸支店 支店長代理 井月裕次氏

 この苦境に際し、農家を勇気づけたのは、現地を訪れるボランティアの人たちの活動だった。10月に入ると、甚大な被害を受けた地域の復旧に協力しようと、千葉県内のみならず、全国各地のJA職員による「支援隊」や館山市を通じたボランティアが集まった。JAの支援隊は10~11月にかけて、北は山形県、西は熊本県から1日当たり30人程度、のべ703人が協力。主に倒壊したハウスの解体を手伝った。「全国各地から多くの方々に来ていただき、本当にありがたかった。ハウス解体の経験者を中心にグループが生まれ、作業もスムーズに進み本当に助かりました」とJA安房 神戸支店 支店長代理 井月裕次氏は語る。

 鈴木氏も、「壊れたハウスの片づけ・修理をしながらの植え付け作業は非常に大変でした。支援隊の手伝いがなければ、植え付けもできなかったでしょう」と語る。

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全国から多くのボランティアが集結。倒壊したハウスの解体に尽力した

 ハウスの被害に関しては県から補助が受けられるため、JA安房はその申請をサポートした。しかし、2020年6月現在で復旧したハウスは半分以下にとどまる。被害があまりに多く、資材も職人も順番待ちなのだ。井月氏は、「ハウスの建て替えをできるだけ早く完了させたい」と語る。本格的に商品の出荷が再開できたのも、2020年1月になってからだった。

 一歩一歩着実に。台風の復旧もようやく道半ばというところに、今度はコロナ禍という未曽有の危機が襲う。

 花きの国内供給は、国内生産(金額ベース)は約9割であり、輸入品は約1割。国内生産のうち約5割は切り花類であり、鉢物類、花壇用苗物類が続く。市場規模は近年縮小傾向にあり、総務省家計消費状況調査「一世帯あたりの切り花の年間支出金額」によると、一世帯あたりの切り花の年間支出金額は2000年には11,570円だったものが、2016年には9,316円と約20%減少している。家庭内で花を飾るライフスタイルが薄れてきているなかで、市場を支えてきたのは、冠婚葬祭やイベント、商業施設などでの花の利用だ。

 コロナ禍による商業施設の閉鎖やイベント中止による急激な需要減により、花きの価格が暴落。東京卸売市場の平均価格は、トルコキキョウが2019年4月は227円/本だったのに対し、2020年4月は158円、カーネーションが2019年4月は52円/本に対し、2020年4月は34円と、いずれも前年同月比7割を切る価格へ下落した。

 このようにコロナ禍が浮き彫りにしたのは、単なる需要減の問題に限らない。花き農家は、”価格災害”も受けているというのだ。