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2024.07.09
文=高田慎治
山々に抱かれ、大規模に整備されたぶどう農園。吉備中央町の農家でつくる「JA岡山加茂川ぶどう部会」が利用している生産団地だ。2024年1月、JA全中、JA都道府県中央会、NHKが主催する日本農業賞の第53回選考において、「集団組織の部」で同部会が大賞に選ばれた。農家数や販売額、新規就農者数の増加とともに、栽培技術や出荷増を伴った産地の成長が高く評価された。

加茂川地域は、ぶどうの産地だったわけではない。十数年前は、白菜やキャベツの生産が中心だった。2012年に吉備中央町営牧場の休止に伴う跡地利用として、ぶどうの生産団地計画が立ち上がり、潮目が大きく変わった。同計画は生産基盤整備に加え、担い手の確保・育成、新技術の研究開発など複数の目的を持つ。吉備中央町を中心に、JA岡山などが同計画を進めた。ピオーネやシャインマスカットなど付加価値の高い品種の栽培面積を1000ヘクタールに拡大するという、県が掲げた目標が背景にあった。大粒で甘く種がない黒ぶどうのピオーネ、皮ごと食べられる高糖度のシャインマスカットは、消費者の間で人気が高い。これらを生産することは地域振興にもつながる。
岡山県吉備中央町農林課農業振興班主査の山口文亮氏は当時を振り返る。「2014年から県の補助金を受け、JA岡山などと連携し、町による生産団地計画に取り組みました。2016年に、県主導の『岡山ハイブリッドメガ生産団地』モデル地区に吉備中央町が選ばれ、生産団地計画は県の事業となり、水源の確保やパイプラインなどの灌漑施設の整備も進めました」。

吉備中央町は、生産基盤整備と合わせ、新規就農希望者の募集を開始した。岡山ハイブリッドメガ生産団地の新規就農者第1号が、現在は加茂川ぶどう部会部会長を務める瀬尾和弘氏だ。「10年前に見学に来た時は、1期目の基盤整備が終わった段階でした」と話し、動機を説明する。「埼玉県でバーテンダーをしていた時に、製品販売ではなく、原料を作りたいという思いが募り、1年間全国各地で農業の体験研修を受けました。その過程で、収益を考えるなら果実がいいとのアドバイスがあり、様々な情報を集めて検討する中で、ぶどう栽培の生産者になることを決断しました」。

農業未経験者が定着に至る道は平坦ではないだろう。新規就農希望者に対し、まず加茂川ぶどう部会が1カ月間の体験研修を実施。「白菜などを植えたり、草刈りをしたり、農家とは何かを体験してもらいました」と同部会役員の大月健司氏は話し、付け加える。「それでもやりたいという人には、研修圃場で2年間ぶどう作りの実務と基本技術を習得する機会が提供されました」。
研修後は、自分で畑を探して本格的に取り組むというのが一般的だが、「吉備中央町では、生産団地としてぶどう棚などが整備された環境で、初期の設備投資もかからず、苗木を植えるだけでスタートできる。新規就農者として飛び込みやすかったですね」と瀬尾氏は微笑む。
新規就農者が実際に生産する段階では、巡回や講習会など技術支援はもとより補助金の受け取りなど、JA岡山が細部にわたり支えた。当時、収益の観点からぶどう生産者として生活できるのか、不安だったと瀬尾氏は胸の内を明かす。「ぶどう栽培を始めた初年度の売上では、生活ができないと思いました。年々、ピオーネやシャインマスカットの単価は上がったのですが、販路が岡山市場のみでは売上に限界がありました。ターニングポイントは、JA岡山が東京、横浜、大阪といった大市場を開拓してくれたことです。生産者にとって販売先拡大は最重要テーマです。しかし、生産者自ら行うのは難しい。私がぶどう農家を続けていられるのも、JA岡山による販路開拓があればこそです」。

JA岡山建部営農センターセンター長の二垣正義氏は販路開拓の経緯を話す。「岡山ハイブリッドメガ生産団地でぶどうの生産量が増える中、新規就農者はもとより、ぶどう農家の生活を守るためには新たな販路開拓が必要でした。JA岡山とJA全農おかやまが話し合いを進める中で、東京の大田市場などへの出荷の道を拓くことができました」。
加茂川ぶどう部会では、9割以上をJA岡山の選果場へ出荷。卸売市場との交渉もJA岡山が担っている。大市場へ販路が広がったことで、ぶどう農家の収益向上が図れたという。「一戸建てを新築するぶどう農家も増えています。私も最初に町営住宅に住んで、お金を貯めて古民家を購入しました。頑張れば頑張っただけ収益に反映される。将来に向けていろいろな夢を持てることは、やる気につながりますね」(瀬尾氏)。