人気の酒米「山田錦」 強さの秘密を探る!

全国から注文殺到! 日本一のブランドづくりの舞台裏 JAグループ兵庫

酒造好適米の王様「山田錦」。名だたる酒造家や杜氏から圧倒的な支持を受ける山田錦だが、生産量日本一が兵庫県であることは意外と知られていない。全国の500を超える酒造会社が“指名買い”する「兵庫県産山田錦」。他を圧倒する絶対的な地位をいかに築き、守り続けているのか。その舞台裏を今回は独占取材した。日本酒離れ、新型コロナウイルス… 逆風のなかでも、時代を捉え、地域一体で作られる強いブランド。酒米づくりへの情熱と誇り、果てしなき野望、その全貌に迫る。

酒米の王様、山田錦を襲った窮地

 日本酒のうち特定銘称酒と言われるお酒に使われるお米は、普段私たちが食べる食用米と同様で、農産物検査法に基づく厳しい条件をクリアした「酒造好適米」が使われる。今回の主役は、四大酒造好適米の一つで、酒米の王様と呼ばれる山田錦。全国新酒鑑評会で金賞を受賞する酒のうち、約9割が山田錦を使った日本酒だ(平成30年酒造年度)。兵庫県は恵まれた気候・地形・地質で、「五百万石」「フクノハナ」「兵庫夢錦」などの良質な酒米も生産しているが、なかでも原産地である兵庫県産「山田錦」は別格。生産量は全国の山田錦の約6割を占め、指名買いが多く全国550以上の酒蔵で使用されている。

六甲山の北側、標高50~150メートルの山麓や谷あいに山田錦の産地は段々に広がる。JAみのり、JA兵庫みらい、JA兵庫六甲の管轄エリアだ
六甲山の北側、標高50~150メートルの山麓や谷あいに山田錦の産地は段々に広がる。JAみのり、JA兵庫みらい、JA兵庫六甲の管轄エリアだ
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 酒造好適米と食用米の違いは、米の中心にある白色不透明なでんぷん部分「心白」の有無。昔の蔵人は心白を「目玉」と呼んだという。酒造好適米は大粒であることが望まれる。その理由は精米段階で食用米よりもはるかに磨いて使うからだ。米の表面にはタンパク質や脂肪が多い。これは雑味の原因となるため、吟醸酒は精米歩合60%以下、大吟醸酒は同50%以下と大きく磨く必要がある。山田錦は大粒で心白があり、粒張り、粒揃いも良い。高級酒や鑑評会に出品する日本酒の多くが山田錦を使用する理由もそこにある。

 だが、日本酒業界を取り巻く環境は厳しい。日本酒離れが進んでいるのだ。特に2000年前後の吟醸酒ブームが過ぎると需要減が顕著に。圧倒的な人気を誇る山田錦でさえも、産地の縮小が懸念された。生き残りをかけて、これまで以上に高い品質と、時代に応える「安全・安心」の向上が必要となる。そこで始まった取り組みが、“グレードアップ 兵庫県産 山田錦”だ。

JA全農兵庫 米麦部 部長 桐山裕史 氏
JA全農兵庫 米麦部 部長 桐山裕史 氏

 JA全農兵庫 米麦部 部長 桐山裕史氏は「生産量の減少に歯止めがかからず、強い危機感がありました。これまで以上に全国の酒造会社にご評価いただくためには、さらなる品質向上が不可欠。グレードアップという言葉の通り、山田錦をさらに進化させる、大胆な変革に着手しました」と語る。

 変革の代表例が、米粒を選別する際に使うふるいの目を、従来の2.00mmから2.05mmに変更し、統一したことだ。このわずか0.05mmが、酒造りに大きなメリットをもたらす。ふるい目を0.05mm大きくすることで、6~10%の屑米(精白する時に砕けてくずになった米や、虫くいの米など)がふるい落とされ、粒張り、粒揃いが抜群に良くなる。精米品質の向上、吸水、製麹の安定など、酒造りに大きなメリットになるのだ。

 「ふるいの目による品質向上を図る一方で、値段は据え置きました。これは生産者にとっては収量減、すなわち収入減を意味します。ただ、長期的視点で兵庫県産の山田錦のブランド価値を維持するには、避けては通れないと生産者に何度も説明をし、共感、納得してもらいました。全国の酒造会社さんにも取り組みを高くご評価いただき、需要も徐々に回復していきました」(桐山氏)

 “グレードアップ 兵庫県産 山田錦”の取り組みの凄みは、品質向上の領域にとどまらない。ブランドを築き、守り続ける、その具体的な取り組みを見ていこう。

地域の居酒屋との協業で目指す、日本酒人気復興への道-JAみのり×ワールド・ワン

 兵庫県中央部に位置し、管内が山田錦の国内最大の産地であるJAみのりが取り組むのは、日本酒離れが顕著と言われる若年層へのアプローチだ。その1つの手段が、「郷土と、ともに。」をキャッチフレーズに、アンテナショップ型飲食店を展開するワールド・ワンとの協業である。同社は地域性を前面に出した居酒屋を展開しており、その1つが「ひょうご五国ワールド」。県内のほぼすべての酒蔵の日本酒を提供しており、メニューをみてもその品数に圧倒される。日本酒は地域性が出しやすく、地域の食文化の重要な要素と考えるからだ。ワールド・ワン 取締役 郷土連携推進本部長 眞鍋邦大氏は、「日本酒は郷土料理との相性が良く、その土地の食文化を知る絶好のツールです。日本酒のステータスが下がっているとは思いませんが、接する機会は減っているので、その場を提供していきたい。飲んでいただいた日本酒のカードを配布するなど、日本酒を楽しく飲んでいただける工夫も施しています」と語る。

写真左から株式会社ワールド・ワン 取締役 松波知宏 氏、JAみのり 営農部 販売課 課長 荻野俊輔 氏、株式会社ワールド・ワン 取締役 郷土連携推進本部長 博士(農学) 眞鍋邦大 氏。「ひょうご五国ワールド」で取材が行われた
写真左から株式会社ワールド・ワン 取締役 松波知宏 氏、JAみのり 営農部 販売課 課長 荻野俊輔 氏、株式会社ワールド・ワン 取締役 郷土連携推進本部長 博士(農学) 眞鍋邦大 氏。「ひょうご五国ワールド」で取材が行われた

 同社に対し、2020年にJA全農兵庫が「若者の日本酒離れをなんとかしたい」と相談。社員に日本酒の良さを深く知ってもらい、その知識を来店客に伝えてほしいと、生産現場での研修を打診した。その研修を受け入れたのがJAみのりである。JAみのり 営農部 販売課 課長 荻野俊輔氏は、「これほど日本酒に力を入れているお店と協業できたことは、非常にありがたく、チャンスだと思いました。店での売上データなども提供いただけるとのことで、消費動向も知ることができます。今後は集客にも協力していきたい」と語る。

 研修は、2020年の新入社員が内定した時期からスタート。“グレードアップ 兵庫県産 山田錦”の生産者の田んぼを1枚借り、2~3か月に1回現地へ行って座学と農作業を体験した。昔ながらの手作業による土づくりや田植え、稲刈りを生産者から学びながら実施。今後は蔵元へ行き、酒造りを学ぶ。研修終了時には、受講者自ら企画し、店舗における日本酒フェアの開催を予定している。

 老練の生産者と若者との触れ合いは、お互いに刺激になったようだ。ワールド・ワン 取締役 松波知宏氏は、「予想以上に和気あいあいと会話をしていました。面積当たりのお酒の生産量など、現場だからこそ学べる知識は、独学では得られないものばかりで、接客の際の引き出しになるはずです」と語る。

生産者と交流しながら酒米を学ぶ経験は、若者たちの大きな刺激になったという
生産者と交流しながら酒米を学ぶ経験は、若者たちの大きな刺激になったという

 両者は少なくとも今後5年間は研修を続ける予定だ。日本酒の知識が豊富な店員を増やすことで、日本酒および“グレードアップ 兵庫県産 山田錦”の良さを来店客にアピールし、消費を喚起していく。

地域循環型肥料で持続可能な日本酒を-JA兵庫六甲×神戸酒心館

 神戸市や芦屋市など消費地を含み、都市と農村が融合したJA兵庫六甲が狙うのは、環境意識の高い顧客だ。

 神戸市北区の山田錦生産を担う生産組織「神戸北山田錦部会」、灘で270年の歴史を持つ酒蔵「神戸酒心館」やコニカミノルタ株式会社、神戸市などと「神戸山田錦推進研究会」を設立。スマート農業を推進するとともに、“山田錦”用の地域循環型肥料を開発した。JA兵庫六甲では、神戸市の下水道から回収した再生リンを活用する、うるち米「きぬむすめ」用の一発型肥料(※)「こうべハーベスト」を開発しており、この技術を山田錦用にも応用したのだ。しかし、同じ米でも、山田錦ときぬむすめでは生育過程が全く異なり、開発は難航した。

※ 一発型肥料:植え付け時に施肥するだけで、収穫まで基本的に追肥が不要な肥料

 山田錦は稲穂が重いうえ、背長けが高く倒伏しやすい。茎が増えやすいという特性もあり、茎が増えると1本ずつが細くなるため一層倒れやすくなる。一方で、良質な山田錦を収穫するにはギリギリまで米粒を太らせる必要もある。そのため、茎が増える初期には肥料を抑え、後半でしっかり効かせるといった設計が必要だ。

 2020年、山田錦の一部の圃場で試験的に新たな循環型肥料を採用し、収穫した米から神戸酒心館が「兵庫県産 山田錦 100%使用 純米吟醸 環和(かんな)」を醸造。2400本を限定販売した。

「環和」の特徴は張りと厚みのある味わい。粘着性が高い口当たりと刺激的で瑞々しい後味がうまく融合する
「環和」の特徴は張りと厚みのある味わい。粘着性が高い口当たりと刺激的で瑞々しい後味がうまく融合する

 酒造会社から見た“グレードアップ 兵庫県産 山田錦”について、神戸酒心館 醸造部長 宮本哲也氏は、「明らかに粒揃いが良いのでコントロールしやすく、大量でもできたお酒にブレが少ない。特に、鑑評会の出品酒や高級酒では苦みや雑味が少なく、お米のうまみを十分に引き出すことができます」と高く評価する。また、神戸酒心館 総務部 広報課 課長 西野敏正氏は、「兵庫県産山田錦100%という表記があると販売戦略上も有利。重要なアピールポイントになっています」と語る。

写真左から、株式会社神戸酒心館 総務部 広報課 課長 西野敏正 氏、同経営企画室 課長 幸徳伸也 氏
写真左から、株式会社神戸酒心館 総務部 広報課 課長 西野敏正 氏、同経営企画室 課長 幸徳伸也 氏

 2020年の試験栽培の結果を踏まえ肥料を改良。今後、作付面積と醸造本数を増やしていく予定だ。とはいえ販売量が増えれば、販促活動の強化も必要となる。神戸酒心館 経営企画室 課長 幸徳伸也氏は、「環和は環境に配慮した取り組みをする分、販売価格が少し高くなります。それでも環境配慮のコンセプトに共感いただき、良い反響も多くいただきました。今後も、兵庫県産山田錦の魅力、環境配慮の思い、背景まで丁寧にPRしていきたい。駅や空港などで全国の皆様に買っていただける日本酒に育てていきたい」と意欲的だ。

 循環型肥料について、JA兵庫六甲 神戸北営農総合センター 営農相談員 岡野良寛氏は、「今後さらに改良を加え、どんな天候でも上手く効く肥料にしていきたい」と語る。また、JA兵庫六甲 神戸北営農総合センター リーダー 畑広文氏は、「やはり国内での日本酒の需要が伸びないと、山田錦の存続に関わります。今後も産地全体で知恵を絞って、需要喚起に取り組んでいきたい」と意欲を語った。

写真左からJA兵庫六甲 神戸北営農総合センター リーダー 畑広文 氏、営農相談員 岡野良寛 氏
写真左からJA兵庫六甲 神戸北営農総合センター リーダー 畑広文 氏、営農相談員 岡野良寛 氏