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2021.11.02
文=茂木俊輔
切ってはサクサク、すり下ろしてはネバネバ、その食感も人気の秘密だろう。麦ごはんやまぐろとの相性がいい長いも。滋養に富む健康に良い食材としても知られる。生産量で首位に立つのは、北海道。全国の半分を占める。
帯広市を中心とする十勝地域には、その一大産地が広がる。生産量は年間2万4000t。道内の3分の1に相当する量を、ここで生み出す。
ブランド名は、「十勝川西長いも」。この地域で長いもの生産に1960年代から先駆けて取り組んできた現JA帯広かわにしの地盤である「川西」の名前を用いる。
いまでは近隣の9JAとともに広域共同生産・販売体制(十勝かわにし長いも運営協議会)を確立。道内の3分の1を担う規模の大きさが、海外市場への安定供給を支える。
輸出先は、台湾、米国、シンガポールなど。最終消費者としては、長いもを薬膳の食材として味わう層を見込む。独自の食文化を背景にすることから、値段は日本に比べ高く、例えば米国ではアジア系の富裕層に支持されている。
産地の中核団体であるJA帯広かわにしで参事を務める山根康弘氏は、長いもの輸出に乗り出した狙いをこう明かす。
「生産者が豊作貧乏にならないように、供給の一部は海外に出荷し、国内相場の安定を図るのが狙いです。それによって、生産者の収益確保を図ります。農家経営の持続可能性を高めるためにJAとして何ができるか。その答えの一つが、輸出です」
青果物は長いもに限らず、豊作・不作が生産者の収入に大きく影響する。豊作時は、生産量は多いものの単価が下落するため、生産者にとっては必ずしも好ましくない。一般に青果物は、生産量が2割増えると、単価は半額に落ち込む、と言われる。
輸出は言わば、需給の調整弁の一つである。国内市場ではカット販売を前提とする3L・4Lの太物の長いもは、キログラム当たり単価がL・2Lよりも低く、むしろ海外市場では好まれるため、輸出に回す。とはいえ、その割合は太物のサイズのうち3割程度にすぎない。軸足はあくまで国内市場に置く。
それでも、調整弁としての効果は絶大だ。
輸出を開始する前、長いも生産者の10a当たりの収入は、1992年から98年までの7年間平均で62万2000円だった。ところが1999年に台湾への輸出を始めると、同収入はその7年後までの平均で74万円に、さらに2007年に米国への輸出に乗り出すと、同収入はその9年後までの平均で82万2000円にまで増えた。伸び率は実に、30%以上である。
長いもの生産には、地上で背丈以上に伸びるつるを支える支柱やネットが必要で一定の初期投資が欠かせない。「しかし現在、初期投資は収益で十分賄える状況です。生産を止める人はいません。生産者は皆、収益向上に満足しています」(山根氏)。
しかも、日本を代表する産地だけに、その出荷量が国内相場の形成に及ぼす影響は無視できない。山根氏は「国内相場は最近、高値安定の傾向にあります。ほかの産地の生産者にとっても、プラスに働いているはずです」と指摘する。
輸出のきっかけは、神戸の市場関係者への相談だ。1999年秋は豊作の見込みだったことから、国内相場の暴落を阻止しようと、豊作分を国内市場には出荷しないことを模索し、海外市場に販路を求めて相談を持ち掛けた。そこで紹介されたのが、台湾の商社だ。