大豆をスイーツにする意外性がヒット商品を生んだ

復興の象徴の枠を超えたJA仙台の「仙大豆プロジェクト」

多彩な商品が並ぶ空港や駅の土産物店。新商品が生まれては消え、定番として残る商品はごくわずかだ。その中で、今仙台で人気が急上昇している土産物のスイーツがあるという。「仙大豆・ソイチョコ」だ。味噌や醤油など古来加工食品の原材料として親しまれてきた大豆だが、それが思いがけない形でスイーツとして生まれ変わった。意外なおいしさが驚きをもって迎えられ、既に仙台土産として定着しつつある。土産物という激戦区で成功した秘訣はどこにあるのか、探っていこう。

飽和状態の土産物市場で大豆を使ったチョコ菓子がヒット

 インバウンド客の増加で活況を呈する観光業界。その中で土産物の市場規模は、2012年が約3兆6900億円だったのに対し2016年は約5兆100億円※1と、近年増加傾向にある。一方で土産物店には数多くの商品がひしめき合い、飽和状態の様相を呈する。地域色を施したパッケージで包んだだけの特徴のない土産物も多い。しかし、時代は本物志向。二番煎じやネーミングだけといった商品が選ばれ続けることはない。成熟した消費者の目はごまかせないのだ。

※1:2017年版「2016年度土産業界白書」(観光物産総合研究所)から

 そこで強いのは、やはり老舗の味。長く愛されてきた土産物には根強い人気がある。今回の舞台である仙台にも不動の人気を誇る土産物があり、その座を他の土産物が狙っている状況だ。

 その中にあってJA仙台が、東京・世田谷の野菜スイーツ専門店「パティスリー ポタジエ」(以下、ポタジエ)のオーナーパティシエ 柿沢安耶氏を監修に迎えて作った「仙大豆・ソイチョコ」が売れている。

風味豊かな宮城県産大豆をチョココーティングした「ソイチョコ」は激戦の仙台土産の中で人気商品の一つだ

 ソイチョコは、焙煎した宮城県産大豆をチョコレートでコーティングした菓子。ソイチョコには、ビター、ミルク、ホワイトなど7種類あるが、そのうちの「ソイチョコみかん」が、2019年2月「第15回一村逸品大賞※2」を受賞。さらに人気が高まっている。「当初みかんは仙台らしくないと人気がなかったのですが、大賞受賞後は問い合わせが急増しています。ソイチョコ全体の売り上げも、今年に入って昨年より1.5倍くらいに増えています」とJA仙台 営農経済推進課 マーケティング課の小賀坂行也氏は語る。

※2:全国各地の農産加工品を紹介する日本農業新聞のコーナー「一村逸品」から優れた商品を表彰している賞。1~6月分を前期、7~12月分を後期として表彰し、翌2月年間を通した大賞1点と金賞2点が決まる。

復興の象徴の大豆を使い、著名パティシエの協力も得て6次産業化に乗り出す

 「仙大豆・ソイチョコ」の始まりは、2011年の東日本大震災に遡る。JA仙台の管内は太平洋沿岸から山形県境まで東西に長く、沿岸地域は津波で大きな被害を受けた。中でも仙台市若林区の荒浜地区は法人化による先進的な農業経営を行っていたが、その代表者が震災で亡くなられた。当時の状況を小賀坂氏は、「他地区にも家が流されたりして苦労された地域はありましたが、JAは生産者に対し農機の確保や生活支援を行いました。しかし、ここは人がいない。農業は人がいてこそ成り立つので、人材確保から取り組みました」と振り返る。

JA仙台 営農経済推進課 マーケティング課 小賀坂 行也 氏

 JA仙台は、自治体や東北大学などの支援も得ながらその再建に尽力。新たに農業大学校卒の若者2人を確保し、海水にまみれた田んぼを除塩して最初に作ったのが大豆である。そこでJA仙台は大豆を復興のシンボルとし、被災した生産者が頑張っていることを伝えたいと考えた。宮城県では米の生産調整で、転作作物として大豆や麦が作られてきた。そのため大豆の作付面積、生産量とも全国第2位(2017年産)を誇っていた。

 同時期、キリングループがJA全農と共に行っていた震災支援プログラム「復興応援 キリン絆プロジェクト」に応募し支援を受けることとなる。キリン絆プロジェクトは第1ステージが農機の確保、第2フェーズは地域活性化のための6次産業化に対する支援であり、JA仙台でも6次産業化に乗り出すこととなった。

 もう一つきっかけがあった。震災前ポタジエの柿沢氏が講師として参加していた仙台市主催の農商工連携の育成塾に、JA仙台の職員が参加しており面識があったのだ。直売所の拡張工事を行っていた時に震災が起き、柿沢氏の支援の申し出もあって、直売所に加工施設を設置することとなった。このつながりもあって、6次産業化に当たり柿沢氏に協力を要請したのだ。

 「本気でやるなら手伝う」という柿沢氏の言葉を受け、素材の選定から開始。当初JA仙台は特産の曲がりネギ(生育途中に一旦抜き取り、再度斜めに植えることで柔らかさや甘味を増したネギ)など野菜を考えていた。しかし、意外にも柿沢氏が選んだのは大豆だった。小賀坂氏は、「大豆なら量はあるけど、正直当初はピンときませんでした。ただ、柿沢さんから大豆なら加工次第で広がりがあると言われ、議論を重ね、腹落ちをしたうえで取り組み始めました」と語る。

 そして、仙大豆プロジェクトが動き出した。半年間かけてコンセプトとネーミング、ロゴを作成。古来味噌、醤油、豆腐と多くの加工品が作られてきた大豆で、「こんなものが作れるのか!」と人々を驚かすような商品作りを目指すことが決まる。仙大豆というブランド名は、産地・仙台がアピールできることもあり決まった。