クルーズ船で「おきなわ和牛」を売れ!

香港クルーズ船に販路を開いたJAおきなわの挑戦

沖縄県へのクルーズ船の寄港が右肩上がりに伸びている。県の調査によると2018年は過去最多の529回を数え、9年連続の伸長となった。そして2019年の寄港予定は719回と、さらに大幅な伸びが期待されている。この好調なインバウンド需要を掴み、農畜産物の新たな販路開拓に挑んでいるのがJAおきなわだ。2018年4月、品質が評判の「おきなわ和牛」を香港クルーズ船内で販売開始、3カ月で1,000万円を売り上げた。香港のクルーズ船会社とのタイアップはいかにして実現したのか。そして船上での和牛販売を通じて、JAおきなわが期待する波及効果とは。

沖縄生まれ沖縄育ちの『おきなわ和牛』

 沖縄県における食肉用牛取引のうち9割近くが子牛であり、素牛の提供で日本の肉牛生産を支えている。沖縄県畜産振興公社の調査によると、2017年の沖縄県における黒毛和牛種子牛の取引数は24,482頭で、鹿児島県、宮崎県、北海道に次ぐ全国4位のポジションだ。また現在、沖縄県内では4万頭以上の繁殖用母牛が飼育され、全国の約7%のシェアを占めている。

クルーズ船で提供されている『おきなわ和牛』のしゃぶしゃぶ
クルーズ船で提供されている『おきなわ和牛』のしゃぶしゃぶ

 一方、残りの1割は県内で肥育され生産地や生産者の名前の付いたブランドとして主に地元で消費されている。中でもJAおきなわが取り扱う和牛を『おきなわ和牛』としてJAおきなわは販売している。沖縄はミネラル豊かな土壌に恵まれ、年間を通して良質な牧草の収穫が可能だ。徹底したトレーサビリティと、衛生管理のもとで肥育された『おきなわ和牛』は、和牛の中でも上質な肉質を持つ。この『おきなわ和牛』が、那覇港に寄港するクルーズ船で販売され、人気を博しているという。その仕掛人が、JAおきなわだ。

香港の市場調査でクルーズ船のバイヤーと出会う

 JAおきなわの海外展開の取り組みは2010年頃にさかのぼる。県産の青果物や特産品である黒糖やシークヮーサーの輸出について調査やテストマーケティングなどを行っていたという。JAおきなわ 農業事業本部 営農販売部 輸出戦略室の浜門(はまじょう)由昇氏はこう振り返る。

 「生産者の方の所得拡大につながる取り組みとして海外展開も一つのテーマでした。しかし当時は、度重なる台風の影響などで安定供給ができず、国内の需要も満たしきれない状況でした。そのため、2014年頃に一旦取り組みを縮小しています」

海外展開の取り組みを振り返るJAおきなわ輸出戦略室の浜門氏
海外展開の取り組みを振り返るJAおきなわ輸出戦略室の浜門氏

 そして生産者からの買い取り契約と安定供給体制が整ってきた2017年、JAおきなわの「本腰」を入れた取り組みが再始動する。折しも前年にスタートしたJAおきなわの第6次中期経営計画の中にも輸出促進が掲げられ、その実践という意図もあった。その任を受けて2017年11月に新たに設立されたのが「輸出戦略室」だ。現在、浜門室長と若手職員2名が、販路拡大に向けた様々な取り組みを進めている。

 クルーズ船への『おきなわ和牛』提供は、2018年1月、沖縄の農畜産物の海外販路開拓を目指してJAおきなわが実施した香港市場調査に端を発している。

 「香港をターゲットとした理由は、まず距離的に沖縄から近いこと。親日的で、日本の食材へのロイヤリティが高いこと。フリーポートなので輸出入による関税がかからないことなどがありました」(浜門氏)

 この時香港に赴いたJA視察団は、実は畜産ではなく黒糖の部隊が中心だったという。香港の人たちのヘルシー指向に応え、腸内善玉菌を活性化させる効果も高い黒糖や、酸味がまろやかで飲みやすく、栄養素が豊富な完熟シークヮーサージュースなどの売り込みを図ろうと考えていた。その時、現地企業が参加する商談会の場で、豪華客船によるアジアのクルーズ業界を二十数年にわたって牽引してきた「ゲンティン香港」からアプローチがあったのである。

 「商談会に参加していたゲンティン香港のバイヤーから、『ワールドドリームという船が4月に沖縄に初就航する。何か一緒にできないか』ともちかけられました。黒糖以外には何があるのかと聞かれ、おきなわ和牛を紹介したところ、『船内でぜひおきなわ和牛を提供したい』と興味を示されたのです」(浜門氏)

 帰国した視察団からその報告を受けた輸出戦略室では、ただちに組織的な対応を開始する。浜門氏らは2018年2月から3月にかけ、おきなわ和牛をクルーズ船で提供するためのゲンティン香港との交渉と、安定供給するための体制作りに奔走した。

那覇港に入港する「ワールドドリーム号」。5,000名の乗客を乗せ3月から11月まで毎週火曜に寄港する
那覇港に入港する「ワールドドリーム号」。5,000名の乗客を乗せ3月から11月まで毎週火曜に寄港する

船内消費限定で屠畜のライセンス問題をクリア

 まず食肉を輸出する場合には、厚生労働省がライセンス認定した屠畜場で屠畜を行う必要がある。ところが、沖縄県内には香港輸出のライセンス認定を受けた屠畜場がなかった。牛を一旦県外に出してから食肉にして納入したのでは、時間的にもコスト的にも大きなロスになる。

 ここで、思わぬ光明が差す。提供場所がクルーズ船であることが、課題解決につながったのだ。

 「関係機関とのやりとりの中で、『納入した食肉は船内消費に限定し、他の寄港地に降ろさない』という条件を守れば、沖縄県内での屠畜で問題がないことが判明しました。その意味で、本プロジェクトは純粋な輸出案件ではないのですが、県内で肥育・屠畜したものを県外の流通を介さずに船に納入し、海外の方に食べていただけるパターンを構築できました」(浜門氏)

クルーズ船への積み込み風景。船内消費であれば輸出のための屠畜ライセンスが不要だ
クルーズ船への積み込み風景。船内消費であれば輸出のための屠畜ライセンスが不要だ

 ライセンス問題のクリアと並行して、輸出戦略室では納入する食肉の部位や量についてクルーズ船側との条件交渉を続けた。農業事業本部 畜産部の榮野拓也氏はこう語る。

 「クルーズ船側の交渉窓口は総料理長です。納入する『おきなわ和牛』はクルーズ料金に含まれず、別料金となる船内のステーキレストランや鉄板焼店、和食店などで提供されることになります。店舗での消費量の読みに基づき、納入量や食肉ランクについて、何度も摺り合わせを行いました」

 クルーズ船は毎週火曜日、夕方4時から5時の間に那覇港に入るので、そのタイミングで納入が必要だ。先方からは「寄港の5日前の発注したものを入港のタイミングで安定的に供給すること」が求められた。しかも当初は「A5ランクだけが欲しい」という要望だったという。

 「A5ランクだけでは絶対量が限られ、安定供給が難しくなります。そこで基本的にA3とA4ランクで納め、それでも不足であればA5ランクを出すなどの条件を提示し、着地点を見出していきました」(榮野氏)

おきなわ和牛のクルーズ船への供給について語る畜産部の榮野拓也氏
おきなわ和牛のクルーズ船への供給について語る畜産部の榮野拓也氏

 そもそも『おきなわ和牛』の年間生産量は全体で200tほどしかない。素牛を肉牛として出荷するまでの肥育には約1年半の期間が必要であり、急な増産も難しい。限られた生産量の中でのクルーズ船への安定供給は、JAおきなわとして最も神経を注いだポイントだった。榮野氏は、屠畜場、肥育センター、精肉業者と調整を続けた。

 こうして2018年4月10日、ゲンティン香港とJAおきなわの大城勉理事長が、『おきなわ和牛』をはじめとする沖縄県産農畜産物のクルーズ船への提供に関する覚書に調印。ゲンティン香港グループのワールドクルーズが運営する大型客船「ワールドドリーム」への提供契約が実現した。

 「ゲンティン香港グループのクルーズ船は那覇就航の実に37%を占めています。また、他のクルーズ船に手を広げようとしても絶対的な和牛の供給量は限られています。であれば、売り場が確実に見えているゲンティン香港に対して、しっかり納入の要望に応えていく方がメリットがあり、互いの信頼関係にもつながると考えました」(浜門氏)

2018年4月10日に行われた調印式。右がJAおきなわの大城勉理事長
2018年4月10日に行われた調印式。右がJAおきなわの大城勉理事長