国産小麦「ゆめちから」が紡いだ市場創造

敷島製パンとの連携で国産小麦の需要拡大に取り組んだJA道央

北海道恵庭市と江別市を結ぶ道道46号線沿いに、延べ床面積2,500㎡の大型複合施設『ゆめちからテラス』がある。JA道央と、『Pasco』ブランドで知られる敷島製パン株式会社が共同運営するこの施設は、セントラルキッチンを備えたベーカリー『Pasco夢パン工房野幌店』と、のっぽろ野菜直売所を併設。2018年5月のオープン以来、近隣をはじめ道内各地から訪れる来店客で連日賑わう。施設名は、JA道央と敷島製パンを結びつける契機となった国産小麦品種『ゆめちから』に由来するものだ。どのようにしてJAと製パンメーカーのコラボレーションは生まれたのか。JAとの事業連携を考える企業にとってもヒントとなるはずだ。

13年の歳月を経て誕生した国産小麦品種「ゆめちから」

 北海道新千歳空港からほど近い恵庭市郊外に、一面の琥珀色の麦畑が広がる。豊かに実った穂先をゆらしているのは超強力品種と呼ばれる硬質小麦「ゆめちから」だ。「北海261号」という試験番号のこの小麦は、北海道農業研究センターが13年の歳月をかけて開発し、2009年に農水省育成農産物新品種登録を獲得、同年、北海道農作物優良品種として登録された。

 この「ゆめちから」が、JA道央と敷島製パンの出会いを紡いでいくカギになる。両者はそれぞれが抱いていた危機感から優れた資質をもつ国産小麦を探し求め、それがまだ「北海261号」と呼ばれていた時代に取り組みを始めた。未来に交差する運命にあるJA道央と敷島製パンの、小麦にまつわるストーリーを振り返る。

一面に広がる「ゆめちから」の麦畑。北海道恵庭市にて撮影
一面に広がる「ゆめちから」の麦畑。北海道恵庭市にて撮影
「ゆめちから」の穂先。北海道初の超強力小麦優良品種である
「ゆめちから」の穂先。北海道初の超強力小麦優良品種である
ミニコラム:用途によって異なる小麦の種類

 日本の小麦の自給率は一貫して10%台を推移しており、しかもそのほとんどは「うどん」などの日本麺用途となる中力品種である。パン用途となると約3%と極めて少ない(2016年度農林水産省調べ)。小麦粉は粒の硬さや含まれるタンパク質の量によって硬質小麦と軟質小麦に分かれ、用途が異なる。

 小麦粉のタンパク質は、水で練られ寝かされることで「グルテン」に変わる。この「グルテン」こそが、生地の弾力の正体だ。中でも、含まれるタンパク質の量が多い硬質小麦から作られるのが「強力粉」で、粘りやもっちり感の強い生地ができるためパンや中華麺などに用いられる。さらに極めて力の強い生地ができるものが、『ゆめちから』に代表される「超強力粉」だ。

 逆にタンパク質含有量が少ない軟質小麦のうち、力の弱い生地になるものが「薄力粉」で、菓子などに向く。また、強力粉と薄力粉の中間の性質を持つ「中力粉」はうどんなどに用いられている。

合併を機にエリア一体となった小麦の生産基盤整備に乗り出す

 札幌市の南東部、恵庭市・江別市・北広島市・千歳市をエリアとし、約17,000haの耕作面積を持つJA道央。うち約3,458haで小麦が作付されている。現在管内で生産される秋まき小麦の95%が「ゆめちから」だ。JA道央において高品質な国産小麦を安定供給する基盤はどのように築かれていったのだろうか。その源流は、2001年のJA合併にさかのぼる。

 JA道央は、2001年に道央4市(千歳市、恵庭市、北広島市、江別市)の5JAが合併して誕生した。代表理事組合長の松尾道義氏は合併当時の課題を次のように振り返る。

小麦の生産拡大に向けた取り組みを語る組合長の松尾氏
小麦の生産拡大に向けた取り組みを語る組合長の松尾氏

 「ふたを開けてみると、同じ麦の品目を作っていても地区ごとの生産性や品質に大きなばらつきがあり、これはなんとかしなければと思いました。生産者の方の不安も大きかったと思います。国の減反政策の中で水田から小麦への転作奨励が進んだ背景もあり、積極的な収量アップへの取り組みが行われてこなかったのも一因です。合併を機にエリア一体となったJA道央の強い生産基盤を構築し、生産者の収益拡大を図る必要がありました」

 バラバラだった地区ごとの生産体系を効率的に再整備するには、小麦の品種統一が不可欠だった。そこでは、収量性に加え、病害への抵抗性が重要なポイントになったと営農生産事業本部 常務理事 岩田宏彦氏は話す。

 「同じ品目を作り続けることで発生する連作障害と土壌病害に悩まされている農場がかなりありました。特に顕著だったのが土壌病害により発生しやすい『コムギ縞萎縮病(しまいしゅくびょう)』の被害です。この病害への抵抗性を持つことが品種選定の重要条件になりました」

 JA道央はその情報を求め、北海道における農業の試験研究を行っている北海道農業研究センター(以下、北農研)を訪ねる。そこで紹介されたのが、のちに「ゆめちから」となる「北海261号」だった。

病害への強さと高い収量性をポイントに小麦の品種を探したと話す岩田氏
病害への強さと高い収量性をポイントに小麦の品種を探したと話す岩田氏

 「農家を悩ますコムギ縞萎縮病に極めて優れた抵抗性を有するだけでなく、収量性も圧倒的でした。従来品種が10アールあたりの収量が5俵のところ、同じ面積で約2倍の10俵の収量が見込めました。私達は北農研から種子を分けていただき、それから約5年にわたり適応性を確認する実証試験を続けました」

 だが、すぐにこの「北海261号」への転換を進めることはできなかった。北海道農作物優良品種の認定を受けていないため、畑作物の直接支払交付金の額が下がってしまう。生産者が積極的に品種転換することは考えられなかった。それでもJA道央ではこの新品種に大きな希望を見出し、試験栽培と並行して、独自に栽培マニュアルを作成、種子の確保へ向け採種の体系化にも取り組んでいる。

 松尾氏はこの頃、未来に向けた1つの構想を思い描いていたという。

 「自分たちが作った小麦が、最終的にどのような製品に加工されて、それを口にした消費者の方がどんな反応を見せてくれるのか。生産現場から加工販売まで、“顔の見える小麦の流通”を実現したいと考えていました。野菜や果物は、そのままの形で直売所や食卓に並びますから消費者の方とのコミュニケーションが取りやすい。しかし小麦などの穀物は、製粉された後どうなったのか生産者は知るすべがありません。しかしそれを実現してこそ、生産者の強い責任感と、道央エリアとしての生産基盤の一体感につながります。小麦における6次産業化とは、単に作物を製品原料として提供することではなく、生産者と消費者が互いに顔が見える仕組みを築くことに他なりません」

 生産者と消費者をつなぐ小麦を。その想いがのちにある製パンメーカーとの共創に結実していく。

食料自給率向上のため国産小麦で美味しいパン作りを

 業界第2位の売上高を誇る敷島製パン株式会社(本社・名古屋市)。その創業は1918年に富山で起こった米騒動(※1)が契機となっている。米相場が暴騰する中、庶民を救うため米の代用食となるパン作りを目指し、1920年に敷島製パンは誕生した。食糧難の解決が創業理念だったのだ。

 そして21世紀、敷島製パンを“第二の米騒動”とも言うべき事態が襲う。それが、2007年に起こった世界的な穀物の大暴騰(※2)だ。小麦のほとんどを輸入に頼っていた日本も大打撃を受け、敷島製パンでも主力商品の値上げに踏み切らざるをえなくなる。常務取締役 執行役員の根本力氏は、当時をこう振り返る。

国産小麦を用いたパン開発の取り組みを語る敷島製パンの根本氏
国産小麦を用いたパン開発の取り組みを語る敷島製パンの根本氏

 「この時、世界的な食糧不安の中で、“国産小麦を使ったパン作りで日本の食料自給率の向上に貢献する”という方針が2008年6月に打ち出されたのです。社長から開発本部にそのミッションが与えられ、当時私は、開発本部マーケティング部長でした」

 だが、国産小麦でパンを作るのは“至難の業”と言われていた。梅雨など年間を通じて湿度の多い日本の気候はパン用途の硬質小麦栽培にはそもそも向いていない。そのため国産の小麦のほとんどが、うどんなど麺用途の中力小麦だったこと。パンに適した強力小麦は生産量が安定せず、製パンメーカーが取り扱うにはリスクが大きすぎたこと。加えて輸入の3倍近い価格も販売面のネックとなった。

 「それでも私たちはパン作りに適した国産小麦を探し求めました。その中で出会ったのが優れたパンになる高タンパク品種の資質を持った『北海261号』だったのです。超強力品種なので、挽き方や配合率などは大変難しいのですが、それらをクリアすることで日本人好みの美味しいパンができると確信しました」

※1:1918年、富山で米の高騰に不満を募らせた主婦らが、北海道に米を運ぶ船を止めようと港に集結したのを契機に、富山県内で米商人の蔵や店を破壊する「打ちこわし」が勃発。騒動は全国に飛び火し約70万人が参加する事件に発展した。

※2:2007年から2008年にかけて世界規模で小麦が高騰した。その要因はオーストラリアの大干ばつや、BRICsと呼ばれる新興国の人口増、小麦の輸送費に影響する原油価格高騰、リーマンショックの影響による穀物相場への投機集中などがあげられる。

 翌2009年、「北海261号」が農水省育成農産物新品種登録を獲得し、「ゆめちから」となる。2010年には、北農研が農林水産省に申請したプロジェクト、「画期的な北海道産超強力小麦のブレンド粉等を用いた自給率向上のための高品質小麦食品の開発」が承認され、「ゆめちから」による食品開発は行政の支援も受けて加速していく。敷島製パンでは数年にわたり、他の中力粉とのブレンド比率を試しながら、この超強力粉の製パン性を実証。ついに2012年6月、1ヶ月限定で「ゆめちから」を用いた食パンの全国テスト販売実施に踏み切った。

 小麦名を前面に『ゆめちから入り食パン』と命名された製品は、当時の原価の積み上げの中で一斤300円という高価格設定となった。これは一般の食パンの実売価格の150円、さらに量販店では100円を切るケースもあることを考えると、マーケティング的に難しい価格帯であることは否めなかった。

 「試験販売のアナウンスの中で、あるスーパー様から「独占的に卸して欲しい」という相談もありました。しかし将来的な食料自給率向上を目指す当社のポリシーに照らしても、それはあり得ません。やはりあまねく多様な市場でお試しいただき、多くのお客様の声を聞きたかったのです。そこで、パッケージにQRコードをつけて、アンケートを収集しました。もちろん、食パン1斤に300円を投じてくださった方々の回答なので、多分に贔屓目があったかとは思います。それでも90%の方から“美味しい”、80%の方から“また買いたい”というご評価を頂き、今後の『ゆめちから』入り食パン増産に向けた自信が深まりました」

 だがこの頃はまだ、肝心の超強力品種小麦の生産が全く足りておらず、パンの通年販売は到底実現できなかった。そして小麦の主産地である北海道に対して、「ゆめちから」増産の期待が高まっていくのである。

現在、札幌近郊のスーパーマーケットで発売中の「北海道限定販売の超熟北海道シリーズ」(いずれも北海道産小麦100%使用)
現在、札幌近郊のスーパーマーケットで発売中の「北海道限定販売の超熟北海道シリーズ」(いずれも北海道産小麦100%使用)

国産小麦の大ロット・安定供給に向けて邁進するJA道央

 質量ともに安定した小麦の供給体制を確立することで、大口需要家のニーズに応えたい――。ここで「ゆめちから」優良品種登録直後のJA道央の動きに話を戻す。岩田氏は、生産者の「ゆめちから」への作付転換にはまだ大きなハードルが残っていたと話す。

 「優良品種登録はされたものの、まだ等級認定の問題がありました。等級は“はい見”と呼ばれる麦の形状や水分率によって決まります。1等と2等ではキロ当たり販売単価も数百円単位で違いますし、生産者様に納得して転換していただくために何としても1等の認定が必要でした。しかし細粒種である『ゆめちから』は、ぽってりと丸みのある従来の小麦と形状的な相違があることから、『前例がない』となかなか認定が下りなかったのです」

 悲願の1等級認定。その実現を強力に後押ししたJA道央の一大プロジェクトがある。2011年に着工し、総事業費24億円を投じた「広域小麦乾燥調製貯蔵施設」の建設だ。1,700haの作付面積に対応し、乾燥設備や最新の調製設備を完備、製品麦の貯蔵能力は5,500トンに及ぶ。

 事業費は農林水産省の補助を活用した。JA道央では補助金の活用にあたり、北海道農政事務所(当時の食糧事務所)を通じて農林水産省に施設申請を出している。

 「JA道央自らの積極的な中央省庁への働きかけで補助を活用し、戦略的設備を準備できたことは、次代の農業経営支援の面からも大きな第一歩となりました」と松尾氏は話す。

 「『ゆめちから』が2011年に1等級の検定を突破できた決め手として、検定協会との粘り強い交渉に加えて、広域かつ農政の直轄下で硬質小麦への転換を目的としたこの施設の存在が大きかったと思います。従来エリア内の小麦は、それぞれ統合前の旧JAごとに分散し調製保管されていました。しかも、その受入形態は生・半乾燥・乾燥とバラバラだったのです。これでは、大口需要家に対して均一な品質、適切なタイミングで、安定量を出荷することはできません。管内で収穫された小麦を均一の品質に調製し出荷する施設は、需要家の信頼を勝ち得るために不可欠でした」(岩田氏)

 施設の完成と共に、1等級認定をうけた「ゆめちから」への一斉転換が始まった。恵庭地区を皮切りに、千歳地区が続く。そしてその実績を見た江別地区も続いた。こうして、2014年頃までの3年間で、すべての地区が「ゆめちから」一色となっていったのである。

 折しも北海道 農政部が、道内で加工・消費される小麦を輸入小麦から道産小麦に転換する『麦チェン!』キャンペーンを2009年からスタートしていたことが、JA道央の一連の取り組みを後押しした。また2011年6月には、敷島製パンの盛田淳夫社長が高橋はるみ北海道知事を訪ね、北海道における「ゆめちから」小麦増産の嘆願をしている。両者の邂逅はもう少し先だが、時期を同じくして互いのアクションが数奇にも支え合っていた形だ。

2012年に竣工した恵庭市内に位置する「広域小麦乾燥調製貯蔵施設」。その巨大さに圧倒される
2012年に竣工した恵庭市内に位置する「広域小麦乾燥調製貯蔵施設」。その巨大さに圧倒される
500トンのサイロ11基で5,500トンの貯蔵能力を誇る。大ロットの安定出荷に貢献
500トンのサイロ11基で5,500トンの貯蔵能力を誇る。大ロットの安定出荷に貢献

「ゆめちから」がつないだJA道央と敷島製パンの出会い

 小麦増産と並行する課題は、販路の確保である。JA道央では小麦の大口需要家に対して積極的にJA道央管内の「ゆめちから」をアピールしていく必要性を感じていた。一方、2013年4月から敷島製パンは北海道産「ゆめちから」を用いたパンの通年販売を開始していたが、主要な産地は道東エリアの十勝地方だった。

 「道央の我々もこれだけ広域で一生懸命『ゆめちから』を作っているのに、全然接点がなかったんですよ」と笑いながら松尾氏は話す。

 両者が直接出会う最初のきっかけは、JA道央がホクレン(経済事業を担う北海道のJAの連合会)から“敷島製パンが『ゆめちから』を求めている”という情報を得たことだ。2014年11月11日、JA道央の松尾氏と岩田氏は敷島製パンの刈谷工場(愛知県刈谷市)を訪問する。

 「敷島製パンの根本さんに私たちの小麦の増産支援体制や貯蔵出荷体制の整備などについて説明したところ、『そこまでやっているとは知らなかった』と驚かれました。また敷島製パンさんの工場の規模や設備を拝見し、今後の市場拡大に対応した懐の深さを確信しました」(松尾氏)

 そして翌2015年3月4日、「生産者に向けて、北海道の小麦に期待するメッセージを」というJA道央の要請に応え、今度は敷島製パンの根本氏がJA道央を訪問。北広島市芸術文化ホールで「“ゆめちから”この魔法の小麦に託された想い」と題した講演を行っている。

 「部会の方々を対象とした20~30名ほどの小さな集まりだと思っていたのです。ところが、会場に伺ってみると180名もの生産者の方達が待っておられ、地域あげての真剣な取り組み姿勢に改めて驚きました。ここでも道央地域の小麦生産に対する本気度を再確認しました」と根本氏は語る。

 共通していた想いは国産小麦の需要拡大だ。この出会いがJA道央と敷島製パンの共同プロジェクト「ゆめちからテラス」に結びついていく。