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2025.02.04
文=茂木俊輔
梨を予定通りに出荷できるのか!? 2023年8月、JAいちかわ管内の市川市・船橋市の梨農家に激震が走った。中国産花粉の輸入停止。それに代わる花粉を翌年春の受粉時までに調達できなければ、生産計画に狂いが生じる。

市川産・船橋産の梨は、JAいちかわが地域団体商標を登録済みの地域ブランド品として高い人気を誇る。人気商品の供給に穴は開けられない。代表理事組合長の今野博之氏は梨農家の救済に向け、すぐに立ち上がった。
まず出向いたのはトルコ大使館である。「トルコ原産である西洋梨の花粉を代わりに使えないか、と輸入を働き掛けました。ところが、管内で必要とする量を供給できないことが分かり、断られたのです」(今野氏)。
次に検討したのが、JAいちかわが自前で花粉を用意する国産化だ。しかも、梨農家が当座直面する量だけでなく、中長期的なビジネスとしても成り立たせる展開である。「輸入停止の原因である中国の感染症は、先行きが不透明でした。この機会に管内で使用する花粉を全て国産に切り替えようと考えました」と今野氏は当時を振り返る。

この花粉づくりこそ、JAいちかわが2023年11月に立ち上げた花粉採取プロジェクトだ。専用圃場として有償で借り上げた耕作放棄地に、花粉採取に適した品種の苗木を植え、それを育てながらJA側で梨の花粉を採取していく。圃場はすでに計約60aを確保済み。花粉採取専用樹として「松島」という品種を生育中だ。
国産花粉の提供先には、ほかの産地もにらむ。農林水産省「植物検疫統計」によると、中国産花粉の輸入実績は2022年で606kg。市場規模は一定程度見込めるうえ、価格面でも勝算はあるという。「中国産花粉は1kg当たり40万円程度です。これに対して、安全・安心な国産花粉であれば、同80万~100万円でも売れるとみています。100%純国産をアピールできますから、それだけの価値はあります」(今野氏)。
ビジネスを強調する背景には、営農を支えるJAいちかわの“経済事業”の黒字化という目標がある。「JAの多くは経済事業が赤字です。それではいけない」と喝破する今野氏。花粉採取プロジェクトは黒字化への狼煙の一つという。ピンチをチャンスに変え、新しいビジネスを生み出そうという精神である。

その精神は、実を結んで間もない梨が雹の被害に見舞われた3年前にも発揮されている。「傷付いたものの、順調に育てば味は変わりません。そこで、その梨を語呂合わせで『あた梨ちゃん』と名付け、通常の半値で販売したところ、約8億8000万円も売り上げることができたのです」(今野氏)。そのおかげで約14億4000万円にも上る被害総額を圧縮するのに役立った。
中国産花粉の輸入停止は、その次に訪れたピンチ。花粉採取プロジェクトは、梨農家を救済するだけでなく、日本の梨生産をもっと強くしようというチャレンジでもある。
迅速な決断を下せたのには下地がある。それは、1965年に開設した花粉銀行の存在だ。花粉銀行とは、梨農家が摘んだ花から花粉を採取する作業をJA側で請け負い、その花粉を冷凍貯蔵。人工授粉の時期に合わせて梨農家に返却するものだ。花粉採取に必要な設備や技術を、JAいちかわはすでに保有していたのである。
60年前に花粉銀行を開設したのは、当時メインだった品種をいまの主力である「幸水」に切り替えるため、人工授粉用の花粉が必要になったからだ。「幸水」を安定生産するには、めしべに満遍なく花粉を付着させたい。それには、圃場に異なる品種の梨を植え、ミツバチや風を介して自然受粉するより、異なる品種から採取した花粉で人工授粉するほうが適している。
人工授粉用の花粉を用意するのは手間ひまがかかる。おしべの先にある袋状の葯を取り出し、開葯器という専用設備の中で1日近く加温する。すると葯が開き、中から粗花粉が採取される。これをさらに専用設備や薬剤を用いて精選したものが純花粉だ。精選すると重さは粗花粉の約10分の1にまで減ってしまうが、長期貯蔵が利くようになる。

これらの流れを共同利用で効率化しようとしたのが花粉銀行である。経済事業の拠点である市川経済センターに必要な設備をそろえ、花摘みまでは梨農家、以降の花粉採取から貯蔵まではJAいちかわ、という役割分担で運営してきた。一人の生産者では持ち切れない設備を共同で保有・運営する協同組合ならではの取り組みである。