国産小麦「ゆめちから」が紡いだ市場創造

敷島製パンとの連携で国産小麦の需要拡大に取り組んだJA道央

互いの理念の共創から生まれた大型複合施設「ゆめちからテラス」

 敷島製パンではJA道央との交流が始まる前、2013年7月に、北海道産小麦を使った焼きたてのパンを店頭に出す北海道で初めての直営店「Pasco夢パン工房」を札幌市手稲区にオープンさせていた。

 「それまで敷島製パンは北海道で営業展開をしていませんでした。国産小麦による食料自給率向上という我々の取り組みを地元の方に知っていただくだけでなく、生産者の方に、ご自身が作った麦でできたパンを手にしていただける場所を作りたかったのです」と根本氏は話す。

 1号店の「Pasco夢パン工房」の業績は順調に推移し、敷島製パンでは2015年に店舗の拡大戦略を打ち出す。しかし、2号店の立地選定は難航した。セントラルキッチンと販売店舗を兼ねる施設のため“準工業地域”という区域でないと実現できないためだった。銀行や建築関係など方々をあたるが、適した物件は見つからなかった。

 札幌近郊を広くカバーしているJA道央なら、よい立地候補を提案してくれるのではないか――。そう考えた根本氏は、2016年3月、JA道央の松尾氏を訪ね、こう切り出した。

 「私たちはJA道央さんの『ゆめちから』を使ってパンを作る。作ったパンを売る施設を一緒にやりませんか」

 小麦を生産している地区とコラボレーションしてプロジェクトを立ち上げたいという根本氏の申し出を聞いた松尾氏は、これこそJA道央が目指してきた“顔の見える小麦の流通”というビジョンを具現化する、またとない機会だと思ったという。

 「やりましょう。これが本当の農業の6次産業化です」

 松尾氏は即答し、根本氏と固い握手を交わす。小麦の生産者と製パンメーカー、それぞれの長年にわたる取り組みが、小麦を通じた新たな価値創造に向けて融合した瞬間だった。

 立地には、いくつかの候補を視察したのち北海道恵庭市と江別市を結ぶ道道46号線沿いにあったJA道央の生産者が運営するのっぽろ野菜直売所が選ばれた。直売所の来客数のデータをJA道央が敷島製パンに開示し、その集客力も選定の決め手となった。2016年9月7日のキックオフ大会後、プロジェクトは順調に進み、2年後の2018年5月25日、『ゆめちからテラス』はオープンする。施設はJA道央の子会社が保有し、テナント運営を敷島製パンが担う。

 実は「ゆめちからテラス」という命名にあたっては異議も出た。というのも、小麦の品種と言うのは1世代が10年~12年で、「ゆめちから」という品種もいつか市場から消えてしまうからだ。「野幌テラス」など、普遍的なネーミング案も出された。

 それでも「ゆめちから」の名を冠したのは、これが単なる麦の品種を表す言葉ではなく、JA道央と敷島製パンが共に歩んできた「国産小麦の需要拡大」という、未来を見据えた取り組みを象徴する言葉だったからだ。世代が変わってもその挑戦と理念を伝え続けたいという想いが「ゆめちからテラス」の名には込められている。

 プロジェクト当初に両者が協力して作った理念をここで紹介しておきたい。

 「私たち、JA道央とPascoは、想いを共にします。豊かな大地の恵み、人との繋がり、食の安全安心を通じ、笑顔あふれる食卓を届けます」

(本文は下に続く)

「ゆめちからテラス」外観。道立野幌総合運動公園近く、旧来のっぽろ野菜直売所があった場所に隣接する4,977㎡の敷地に、延べ床面積2,500㎡の建物が広がる
「ゆめちからテラス」外観。道立野幌総合運動公園近く、旧来のっぽろ野菜直売所があった場所に隣接する4,977㎡の敷地に、延べ床面積2,500㎡の建物が広がる
多くの来店客で賑わう「Pasco夢パン工房野幌店」。奥には売場や道内スーパーなどに提供するパンを作る「Pasco札幌セントラルキッチン」がある
多くの来店客で賑わう「Pasco夢パン工房野幌店」。奥には売場や道内スーパーなどに提供するパンを作る「Pasco札幌セントラルキッチン」がある
一番人気は「ゆめちから」をはじめとする国産小麦100%で作った店舗限定の「超熟」だ
一番人気は「ゆめちから」をはじめとする国産小麦100%で作った店舗限定の「超熟」だ
野幌地区の生産者達が自ら運営する「のっぽろ野菜直売所」。もともとはこの場所は直売所だけだった
野幌地区の生産者達が自ら運営する「のっぽろ野菜直売所」。もともとはこの場所は直売所だけだった
JA道央と敷島製パンの取り組み
JA道央と敷島製パンの取り組み
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 「ゆめちからテラス」内の「Pasco夢パン工房野幌店」には、オープン以来、平日700~800人が来店。休日には1200名ほどが訪れる盛況ぶりを見せる。小麦は粉に挽かれてからさまざまな食品になるので、生産者は自分の仕事の成果を確認しにくい。しかし、キッチンと販売店を併設したこの施設では、農業の6次産業化の最終製品や、自分の小麦が加工されたパンを買い求める消費者の姿に、生産者が直に触れることができる。

 JA道央の岩田氏は、「ここでは生産者の方やそのご家族の方が本来知ることができなかった、自分たちが作った麦が粉になり、そしてパンになり、それを消費者の方が喜んで買っていく様子を目の当たりにできます。生産者の方も自分で食べてみて、その美味しさを実感できる。それが生産者としての誇りやモチベーションにつながります。そういう場所として機能していることが何より嬉しいですね」と話す。

 松尾氏は続けて語った。「意識の変化が起これば、我々JA側から何かを言わなくても、“これだけ期待されているならしっかりした作物を供給しなければ”という責任感が自然と生まれてきます。営農指導に頼らず、生産者の方が自立的に創意工夫して取り組んでこそ、本来の農業経営の姿なのだと思います」

 現在「ゆめちからテラス」には、消費者だけでなく、全道のJA関係者も頻繁に視察に訪れ、北海道における小麦生産拡大を後押しする情報発信拠点となりつつある。千歳空港から近い立地もあり、敷島製パンでも、2018年度からは取引先などの視察拠点に「ゆめちからテラス」を活用することが決定しているという。

 敷島製パンの根本氏は「生産者の方の、“僕が作った小麦で、こんなに美味しいパンができるようになった”という言葉を聞いたとき、感動を抑えられませんでした。我々のパン作りの技術はこうした形で生産者の方にも貢献できることを再認識しました」と感慨深げに話す。

2階にはセントラルキッチンの様子を上から見学できるコーナーがある。JAや企業関係者の視察にも活用
2階にはセントラルキッチンの様子を上から見学できるコーナーがある。JAや企業関係者の視察にも活用

生産者の収益向上に貢献し次代の担い手の育成も展開

 根本氏は今後のJA道央への期待として「より高たんぱくの『ゆめちから』を作ってほしい。そのための技術開発などでコラボレーションできれば」と話す。

 JA道央の取り組みは、「ゆめちから」をはじめとした小麦の生産拡大に伴い、生産者の収益向上の面でも成果を上げてきた。5JA合併時の2001年から15年を経た2016年までの専業農家は1,356戸から662戸に半減している一方、小麦以外を含めた一戸当たりの耕作面積は、13.2haから25.6haにほぼ倍増。さらに一戸当たりの販売額は年間1,281万円から、3,173万円に大きく拡大した。小麦の出荷コストは、2014年にトンあたり19,495円だったものが大型貯蔵施設完成後の体制整備によって2018年には16,017円に削減され、ここでも生産者の収益向上に貢献している。

 また、JA道央は2005年に公益財団法人 道央農業振興公社を立ち上げ、担い手の育成事業を展開、これまでに30代を中心とした新規就農者も地区合計で約30名卒業させてきた。

 「Uターン人材は未来の『原石』です。農業以外の職業を経験して、それぞれが経営的な視点を養って帰ってくる。彼らの可能性を伸ばすために、親の世代から農業を引き継ぐ方を毎年JAの準職員としてお引き受けし、2年間の『ニューファーマー研修』で営農に関わる多様な経験を積んでいただいたのち、実家にお返しするという取り組みも続けています」(松尾氏)

 将来に向けての課題もある。道央地域では高齢化の進行の中で、10年後にはさらに約300戸が廃業するだろうと見込まれている。国産小麦の需要拡大の中で、収量をどう維持していくのか。例えば敷島製パンでは創業100周年を迎える2020年までに“製品の国産小麦使用率20%達成”を掲げている。1社だけでも年間数万トン単位の需要が発生するだろう、と岩田氏は言う。

 「ゆめちからに限って言えば現在はJA道央管内で年間7千~8千トンの生産量です。しかし急激な生産拡大は容易ではなく、リスクも伴います。他の作物とのバランスを考えた中長期的な経営プランが求められます」

 松尾氏は展望を次のように語る。「『ゆめちから』など麦に関しては、いたずらに作付面積拡大するのではなく、全体として適正な面積を保持しつつ、1戸あたりの収量性を高めていくことで需要家のニーズに応え、生産者の『儲かる農業経営』を支援していきたいと考えています。また当エリアはもともと野菜と水稲の産地でもありました。麦だけが過作にならないよう、今後は豆やビートも含めた輪作体系も再スタートさせ、札幌圏の野菜産地としての位置づけも守っていきたいと考えています。『ゆめちから』もそうでしたが、生産した作物が最終的に誰に求められ、どのように流通していくのか。常に市場の需要を注視しながら、取り組みを続けていきたいと思います」

 「ゆめちから」という品種にかけ、国産小麦の一大産地を生産者と共に築いたJA道央。小麦の次に来るムーブメントは何か? 地域の農業経営の未来を見据え、挑戦は続いていく。

「ゆめちから」への取り組みと未来への展望を話してくれたJA道央の松尾氏と岩田氏
「ゆめちから」への取り組みと未来への展望を話してくれたJA道央の松尾氏と岩田氏
JA道央の取り組み