デジタル×ブランド化でセルリーと人を育てる

~ICTでノウハウの見える化・継承に挑むJA山形市

若手生産者の「目」となって効率的な栽培環境維持に貢献

 「eセンシング For アグリ」は、2018年1月に稼働を開始。セルリー部会長の会田和夫氏の息子で、20年間の金融機関の勤務から転職してセルリー生産者となった会田洋一氏は、メリットについて次のように語っている。

 「ハウスには温度計や湿度計がありますが、今までは現場に行かなければ数値を確認できませんでした。とはいえ、他にもやらなければならない仕事があるので、つきっきりというわけにもいきません。今はスマートフォンさえあればどこにいてもハウスの温度や湿度がわかります。離れた所にいても、温度が上がり過ぎたらハウスに行って窓を開けるなどの対応ができるので作業が効率的になっています。天候の変化に伴うハウスの温度変化もデジタルで分かるので、朝ハウスを開けて曇ったら閉め、晴れたらまた開けるなど、データに基づいた行動ができ、それが蓄積されることでノウハウとして身についていくと思います」

セルリーの魅力に惹かれ脱サラして新規就農した会田洋一氏
セルリーの魅力に惹かれ脱サラして新規就農した会田洋一氏

 また、このアプリでは自分のハウスだけでなく、他の生産者のハウスのデータも閲覧可能だ。ベテランのデータとも比較できる。例えば1つのハウスだけ高温異常値の場合、その生産者が何らかの理由で迅速な対応ができなくても、他の人が代理でハウスを開けたりできる。それぞれは独立した生産者でありながら、セルリー部会全体で互いを気遣えるのもメリットだ。センサーという「新しい目」が、生産者全体の効率的な連携を生み出すきっかけとなっている。

 「セルリー団地の生産者は脱サラ組が多いので、ハウスや農業機械の提供、こうしたICTの仕組みも含め、JAの支援が得られるのはありがたいですね。セルリーは作るのが難しい野菜ですが、それだけにやりがいがあります。品質が良ければ、その分所得にも跳ね返ってきます。きれいなセルリーができた時は本当に気持ちがいいですね」

栽培ハウスでのセルリー収穫風景。左は新規就農者の一人である一條克之氏
栽培ハウスでのセルリー収穫風景。左は新規就農者の一人である一條克之氏

 データ活用については、さらなる要望も出ている。安孫子氏は、「pH(水素イオン濃度、酸性度を計測)やEC(土中イオンの総量、電気伝導度を計測)の土中成分を知りたいという要望が出ています。やはり植物の生育は土が基本なので、それを測定できるセンサーが開発されれば導入を検討したい」と語っている。

ノウハウを記録しマニュアル化するJGAP認証を取得

 後継者育成に欠かせないベテランノウハウの見える化と継承。前述のICTに加え、JA山形市が近年チャレンジしたのが「JGAP」と呼ばれる認証取得である。JGAPとは、食の安全や環境保全に取り組む農場に与えられる第三者認証だ。農薬や肥料、水、土など120項目以上の管理項目があり、すべてをクリアしなければ認証されない。JA山形市のセルリー部会では、部会員20名のうち11名がJGAP研究会に参加し、認証に向けて積極的に活動を開始。2018年9月、GAP研究会に所属する11農場がJGAP団体認証を取得した。

 「JGAPでは、土や水の安全性確保や正しい農薬の選定や使用が求められるため、安全・安心な農産物をつくるための記録とマニュアル化が進みます。その結果として、その時点で最適な生産方法が確立。可視化されることで、時代の変化に合わせて改良にも取り組めます。例えばベテランの施肥設計などを記録することで、若手の参考にもなります。このような記録が積み重なることで、ICTの活用と同様に、次世代にノウハウが継承でき持続可能な産地へとつながります」(安孫子氏)。

ブランド力強化のため地理的表示(GI)保護制度に登録

 若手生産者の技術支援と並行して重要なのが、生産した山形セルリーをより高単価で販売するブランド力の向上だ。ここでもJA山形市は新たな手を打った。それが、地理的表示(GI)保護制度に山形セルリーを知的財産として登録することだ。GI登録されると地域ブランド産品として他産地と差別化されるため、知名度が上がり価格交渉も有利になるとあって多くの産地が取り組んでいる。しかし、実際に登録されるのは申請されたうち3分の1程度と狭き門だ。そのため、GI制度に詳しいコンサルタントや弁理士に依頼する産地もあるが、山形セルリーはJA山形市が独力で申請から登録まで行った。その経緯について鈴木氏は次のように語る。

 「そもそもは、私が2016年12月に日経新聞に掲載されていたGI制度の記事を読んだことがきっかけです。登録されると単価が上がり、生産量が増え、新規就農者も増えると効果が書かれていました。これはぜひやりたいと思ってセルリー部会に相談したところ賛同してもらえたので、翌2017年1月に申請しました。その後、農林水産省と約1年間にわたって150回くらいやり取りをしました。大変でしたが山形セルリーには歴史の積み重ねと実績があり、江戸川区から分けてもらった種子を自家採取し続けてきた継続性など、ありのままが評価され2018年4月にスピード認定に至りました」

JA山形市が取得したJGAP認定書と地理的表示(GI)の特定農林水産物登録証
JA山形市が取得したJGAP認定書と地理的表示(GI)の特定農林水産物登録証

 またJA山形市ではブランディングの一環としてネーミングやロゴデザインの見直しも実施。従来コーネルと呼んできた2kg前後の大株品種を「とのセルリー」、ベストと呼んできた1kg前後の小株品種を「ひめセルリー」と名付け、山形セルリーを含め、東北芸術工科大学 学長の中山ダイスケ氏に新たなロゴデザインを依頼。ポップで親しみやすい新たなロゴにより、一層の知名度アップにつなげている。

ロゴデザインにもこだわった「とのセルリー」(左)と「ひめセルリー」(右)
ロゴデザインにもこだわった「とのセルリー」(左)と「ひめセルリー」(右)
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ICT活用・JGAP認証・GI登録の相乗効果で持続可能な産地へ

 一連の取り組みの反響は大きく、JA山形市は多くの取材を受けメディアへの露出も急増した。視察も相次ぎ、既に約40件にもなったという。露出増加の波及効果で県内を中心に引き合いが増え、価格交渉も有利になった。鈴木氏は「従来こちらから売り込みをしていたのが、先様から売ってほしいと来てくれるようになりました。東京のスーパーからも引き合いがあります。値付けの主導権をとれるので有利です。結果、生産者の所得向上につながっています」と証言する。

 実際、セルリー1kgあたりの単価を見てみると取り組みを始めた2013年の230円に対し、2018年には275円と19%増加した。2013年に約4000万円まで落ち込んでいた出荷額も、2018年は約9000万円以上を見込んでいる。

 今後の展望を鈴木氏は次のように語る。「取り組んできたのは若手生産者を支援し、ベテランの経験と勘の世界からシフトして、セルリー栽培の品質を高める“仕組み”づくりです。この仕組みをうまく利用して生産者には美味しいセルリーを多く作っていただきたいです。今後は栽培ハウスを80棟まで増やす計画もあり、2020年には出荷額1億5000万円を目指しています」

 また安孫子氏は、ハウスで収集しているデータ活用について「ベテランのノウハウの見える化についてはまだ道半ばです。現在は微調整を行っている段階ですが、5年、10年というスパンで精度を上げていきたい。今後データを分析して、効率的な温度管理のやり方などを導き出したい」と話す。

 JA山形市による新規就農のための環境整備、その結果としてのセルリー生産者および生産量の増加は、着実に成果を挙げつつある。ノウハウの見える化を支援するICT活用とJGAP認証、ブランド強化に貢献するGI登録の相乗効果で、地域経済の活性化に貢献し、次世代継承を可能にした「持続可能性の構築」は一つのお手本と言えるかもしれない。

デジタルとブランディングを武器に山形セルリーの挑戦は続く
デジタルとブランディングを武器に山形セルリーの挑戦は続く