農業にBCMは可能なのか?

~台風15号、コロナ禍における花きの被害状況とJA安房

勝負は競り前取引。花き市場独自のビジネスモデル

 花きの流通は品目・品種が非常に多く、零細な小売店も多い。取引の8割以上が卸売市場を経由して行われている。市場を経由して流通する商品のうち、競りで販売されるのは3割程度。多くは「競り前取引」という、言ってみれば指名買いで売れていく。競りは基本的に週3回実施。JA安房の場合、前日の夕方に花きを市場に送り、その日のうちに多くが競り前取引で売れていく。競り前取引の価格は、前日の競りの相場をベースに決まる。翌日の競りの相場も競り前取引の価格がベースとなる。井月氏は「競り前取引でいかに多く、安定した価格で取引されるかが、花きにおいては重要です。品質に優れ、安定供給が可能な産地であることが常に求められます」と語る。「競り前取引」を制するものが花き市場を制す。そのための市場への情報提供もJA安房の重要な役割であるという。「市場側が計画を立てやすいよう、事前に品種別の作付け量を伝えておきます。収穫時期になると出荷量や品質など、収穫の様子を細かく伝えることも重要です。情報提供は産地全体でまとめて行う必要があり、JA安房が担っています」(井月氏)

 コロナ禍における大幅な需要減は生産者を苦悩させることになる。当時の様子を井月氏は次のように語る。「生産者さんから出荷しても大丈夫かという問い合わせが毎日きていました。花きの価格があまりにも安く取引されると、出荷するだけ赤字になってしまうリスクがあるからです。出荷するためには、パートさんの人件費や箱代などの費用がかかるため、赤字になりかねません。結果として、少ないながらも注文は継続してありましたので、生産者さんと相談しながら、この値段なら見合うと判断し出荷を続けてもらいました」。生産者の鈴木氏は、「できたものを捨てて出荷調整するという選択肢もありましたが、せっかく作った花は捨てられず、安いとわかっていても出荷は続けました。次は多少高く売れるかもと、期待と不安を抱きながらの毎日でした」と苦しい胸の内を語る。実際に下位等級の花きを出荷せず廃棄した産地もあった。

 JA安房では、市況や市場からの情報を基に生産者と相談するなかでギリギリ出荷調整せず乗り切ることができた。また、何か他にできることはないかと、神戸支店として館山市役所、千葉県庁などとも連携し、役所やJA安房本店など4か所で直売会を開催し、ひまわりやカーネーションなどを販売した。「打つ手が何もない中、できた唯一の策でした」(井月氏)。

農業の事業継続を考える

 4月後半から母の日が近づくにつれ、少しずつ相場は上がっていた。とはいえ相場がどう動くか確証もなく、毎回見込みで出荷を続けるしかなかった。卸業者にしても初めての経験であり、どの程度仕入れればよいのか模索するしかなかったようだ。井月氏は、「誰も経験したことのない状況で、例えばお彼岸については自粛中でも需要は落ちないのではないか、など、市場関係者の間で飛び交う噂や予想もさまざまで、誰もが手探り状態でした」と語る。

 5月に入り、カーネーションなど母の日需要のある5月上旬は、ようやく例年通りの相場になった。しかし、取材時点(6月4日)でも、一般の花束に多く使われるひまわりなど小花類は回復傾向にあるが、冠婚葬祭やディスプレイなど業務用に多く使われるユリ、トルコキキョウなどの価格は十分に回復していない。「緊急事態宣言直後に比べればある程度戻っていますが、現在も価格は例年の3分の2程度です」と黒川氏は説明する。

取材当日もトルコキキョウやひまわりが続々と出荷されていた。現場にも少しずつ活気が戻り始めている
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取材当日もトルコキキョウやひまわりが続々と出荷されていた。現場にも少しずつ活気が戻り始めている
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取材当日もトルコキキョウやひまわりが続々と出荷されていた。現場にも少しずつ活気が戻り始めている

 ここまで2つの台風とコロナ禍に相次いで見舞われたJA安房の花き生産の被害状況や復興過程を見てきたが、これをBCMの観点から考えてみる。黒川氏が「天候に左右される農業においては事前に準備できることに限界がある」と語る通り、生産場所から離れることはできず、植物を相手にし、それ故どうしても天候に左右される農業でリスク管理を行うのは容易ではない。とはいえ、農業においてもBCMの考え方は、一般的な中小企業と大きく変わらないのではないか。経営資源(ヒト、モノ、カネ、情報)に対するリスクを洗い出し、必要な対策を考えておく必要がある。そこで重要となるのがJAの役割だ。地域の特性や課題を熟知しつつ、全国的なネットワークを持つJAが生産者をサポートすることが、地域全体を災害に強い体質へと強化するために欠かせない。

 今回のケースでは、JAはどう機能したのだろうか。ヒトに関しては、JAグループ全体で破損したハウスの片づけに協力した。モノとカネに関してはどうか。農業は人々に食料を提供するインフラであり、以前から田畑の被害回復は主として行政の業務とされてきた。例えば千葉県では、ハウス倒壊による建て替えに対して9割の補助金が出る。その補助の申請を、JAがサポートした。情報についても、市場と生産者双方の情報をJA安房がつなぎ、コロナ禍の厳しい状況ながらも出荷を続けられた。いずれも事後対応ながら、危機的状況の中でJAが果たした役割は大きいが、課題もある。

 仮に、自然災害で設備に被害がなくても、今回のコロナ禍のように市場が暴落するリスクもある。これらに対する備えとして、井月氏は「園芸施設が損害を受けた場合に補償する園芸施設共済をお勧めしていますが、万一の減収に備えるため、農業者の収入そのものを補償する収入保険についても勧めていきたいと考えています」と語る。

市場との密なコミュニケーションこそが農家の安定した収入につながります(井月氏)
市場との密なコミュニケーションこそが農家の安定した収入につながります(井月氏)

 さらにJA安房として、より安定した収入につながる競り前取引を拡大するため、市場への情報提供を強化していく。「例えば他の産地が出荷状況の報告を毎日11時頃するとしたら、うちは10時半頃には送るというように早めの情報提供を心掛けています。それも毎日続けることで、市場に期待してもらえるようになります」(井月氏)。

 平時から安定収入を図ると共に、有事には被害をできるだけ減らし、なるべく早期に復旧を図る取り組みが、農業においても求められる。市場では一定の認知を得ている神戸の花も、消費者への認知は道半ばだ。JA安房では昨年からの経験を糧に、そのための模索が続く。