ホップの産地・遠野のビール産業に学ぶ! 農業ビジネス立上げ時のポイント“想いを形に”

~生産者・メーカー・JAグループの連携が生み出す付加価値に迫る

農業ビジネスと金融を熟知した視点で最適な資金調達を実現

 さまざまな事業化案件を手がける中で、各種の補助金申請に関する豊富な実績とノウハウを蓄積してきた点もJAグループの強みだ。

 「農林中央金庫は農業の中身はもちろん、生産者のマインドまで理解した上で、資金調達を支援してくれました。その意味で、地銀をはじめとする他の金融機関にはない高密度のパートナーシップを築くことができたのだ、と思います。また、JAグループそれぞれの役割や得意分野などにも精通し、最適な役割分担をコーディネイトしてくれた点が心強かったですね」(吉田氏)

 事実、本案件ではJAグループの連携プレーが大きな力を発揮した。農林中央金庫が、農業法人に対する投資育成事業を担うファンドであるアグリビジネス投資育成株式会社を通じて出資を実現。さらにJA岩手県信連とJAいわて花巻が協力しつつ、岩手県の「産地パワーアップ事業」など各種補助金申請における県庁や遠野市との調整、農業近代化資金などの資金調達にかかるコーディネイトに奔走したのだ。

岩手県信用農業協同組合連合会(JA岩手県信連) 農業部 農業金融センター 副部長 太田清真氏
岩手県信用農業協同組合連合会(JA岩手県信連) 農業部 農業金融センター 副部長 太田清真氏

 JA岩手県信連 農業部 農業金融センター 副部長 太田清真氏はこう語る。「県全域を守備範囲としながら、農業法人など生産者のビジネスの成功を支援することこそが、私たちのミッションです。今回は、これまでに作付前例の無かったパドロンということもあり、パドロンの類似作物にかかる情報提供事例をはじめとして、農業経営的視点を盛り込みながら補助金の申請プラン策定等を支援するとともに、県庁への情報収集等にあたりました」(太田氏)

 この助成申請ではJA岩手県信連とJAいわて花巻の連携がポイントとなった。JAいわて花巻 金融部 融資課長 斎藤茂夫氏は、その経緯を振り返る。

JAいわて花巻 金融部 融資課長 斎藤茂夫氏
JAいわて花巻 金融部 融資課長 斎藤茂夫氏

 「他に作付前例が無い農作物の補助金を申請する際は、栽培計画の妥当性を問われることが多いことから、パドロン栽培が上手くいくかという点に着目しました。私たちは信連の依頼を受けて、早速営農部署である園芸販売課の技術指導員と連携して類似作物であるピーマンやパプリカなどの栽培情報を集め、これを参考に吉田氏の計画策定をサポートしました。総合事業を営むJAならではのサポートができたと思います。また、金融部の本業である資金対応に関しては、補助金申請に向けた遠野市との調整と並行して、どの資金をどのように実行すべきか、JA岩手県信連とともに検討を重ねました」(斎藤氏)

 工業製品と違い、農作物はその時々の天候や市況に翻弄される特殊性がある。そうした様々なケースに対しての知見や経験、判断力を有しているからこそ、こうした柔軟な対応ができたと言える。また、足もとでは、農機リースに多くの実績をもつJA三井リース株式会社とも連携し、農機リースの活用も検討している。

 吉田氏は、こうしたJAグループの連携について次のように評価する。「例えば、私が個別にJAや信連に掛け合ったのではスピード感も生まれず、相互連携の面でつまずき、プランが頓挫してしまったかもしれません。農林中央金庫をハブとして窓口の一本化を図ってもらい、架け橋役を担ってもらったおかげで、事業計画策定や資金調達が迅速に進んだと感謝しています。農作業もある中、とても一人では対応できないことが発生した時も、JAグループの皆さんが迅速に動いてくれ、事なきを得たことが何度もありました。また、本部と連携しながら農林中央金庫の盛岡営業所がこまめに連絡を取ってくれたので、東京との物理的距離を感じることもありませんでした」(吉田氏)

 農林中央金庫の鬼丸氏は盛岡営業所の存在意義について次のように補足する。「例えば信連や地元のJAに事業の話を通す際にも、現地にいる盛岡営業所の担当者が“誰に・何を・どう伝えるべきか”を熟知しています。また、私は常に現地にいるわけではないので、状況がどうなっているか、盛岡営業所を通じて逐次フィードバックが必要でした。こうした情報連携も、JAグループとしての強みだと思います」(鬼丸氏)

 こうして2018年2月、吉田氏を代表取締役社長としてBEER EXPERIENCE株式会社が誕生。同年8月にはキリンと農林中央金庫の出資も実行され、経営基盤を一層盤石なものとした。また会社設立を期に、キリンの浅井氏は取締役副社長 兼 営業部部長として同社に出向。キリンが全面的に経営参画する姿勢を鮮明に打ち出した。

2018年2月に設立されたBEER EXPERIENCE株式会社(岩手県 遠野市)
2018年2月に設立されたBEER EXPERIENCE株式会社(岩手県 遠野市)

キリンの業務用販売ネットワークをフル活用し確実な販路を確保

 販路の確保の上でBEER EXPERIENCE社がキリンというナショナルブランドをパートナーに得たことのメリットは大きい。吉田氏は次のように話す。「例えば『パドロン』の場合には、キリングループの飲食店「キリンシティ」での取り扱いをはじめ、全国の飲食店を顧客に持つキリンの業務用販売網をフル活用。営業担当者が『ビールのおつまみ野菜』というコンセプトを武器に、コストを最小限に抑えて販路を広げていく計画です」(吉田氏)

 他方ホップの場合には、国産ホップにこだわるビールメーカーとしてキリンが全量を買い取る。また、国内のビール類市場は数年来前年割れが続いている一方で、さまざまなホップを活用した個性的なクラフトビールの人気は加速度的に高まっており、この5年間で市場規模は約2倍に拡大している。

 「キリンはこのような流れを積極的に応援し、日本産ホップの安定調達、クラフトブルワーへの外販を進め、クラフトビールカテゴリーの育成を支援していくことを方針化しています。こうした業販ならではのスケールメリットは、事業計画の“数字”を確かなものにする上でも不可欠なものだったと思います」(浅井氏)

 現在BEER EXPERIENCEでは、「ホップはハーブの一種である」というコンセプトの下、6次産業化にも積極的に取り組んでいる。その一環として、先頃ホップならではの香りを活かした『ホップシロップ』を開発した。飲料やアイスクリームなどに加えたり、菓子作りや料理に活用したりなどさまざまな用途が考えられる。この新商品もキリンの販売網で全国展開する。「必ずヒット商品になる」と語る吉田氏は、初秋の収穫時期に集中するホップのビジネスを補完し、通年ビジネスを後押しする戦略商品として期待をかけている。

BEER EXPERIENCEが生産する「ホップシロップ」。こうした6次産業化も事業拡大に貢献
BEER EXPERIENCEが生産する「ホップシロップ」。こうした6次産業化も事業拡大に貢献
BEER EXPERIENCE/キリン/JAグループ、3者のコラボレーションが事業化の成功に結実した
BEER EXPERIENCE/キリン/JAグループ、3者のコラボレーションが事業化の成功に結実した

遠野市の「ビールの里」構想に呼応し地域創生に貢献

 半世紀にわたって日本随一のホップ生産量を誇ってきた遠野市は 「ホップの里から、ビールの里へ」を掲げ、市全体を大きなブルワリーとする計画を推進中だ。BEER EXPERIENCEは、ホップやパドロンなどのビール農業文化の担い手として、地域行政や、地元でホップを守り作り続けてきた生産者とともに、この地域活性化構想に積極的に関わっていきたいとしている。

 BEER EXPERIENCEでは新規就農者の支援にも尽力。目下5名の研修生を受け入れた7名体制で活動している。研修生は2年の実務経験を積んだ後、3年目に独立し、廃作した地域のホップ畑を受け継ぎ、各々が自ら耕作を進める予定だ。こうした担い手の育成も事業の安定継続には欠かせない要素となる。最後に、それぞれの立場から今後の展望を語ってもらった。

 「妻と二人でスタートさせた農園が、11年で農業法人になりました。まず、法人として確かな結果を出していきたいですね。それが、これまでお力添え下さった皆さんや地域への最大の恩返しである、と確信しています」(BEER EXPERIENCE 吉田氏)

 「人口減少が続く中で、地域の農業リーダーと連携した地域課題の解決は、この時代の企業責任だと考えています。今後とも、誰もがワクワクするビールの里づくりに全力を尽くしていきたいですね」(キリン 浅井氏)

 「JAは生産者の身近にいる存在として、これからも、金融担当だけでなく営農や管理部署も一緒に機動的に動くことで、農業ビジネスの発展を多面的にサポートしていきます」(JAいわて花巻 斎藤氏)

 「新たなビジネスモデルを構築し、成功に向けてひた走る本案件の意義を再認識した。これからも農業ビジネスの発展と各JAによる支援取組を強化するとともに、新規就農者へのサポートを拡大していきたいと思います」(JA岩手県信連 太田氏)

 「今回は大企業と連携し、農業法人の立上げを支援するという大きな挑戦ですが、農業経営を支援する金融のプロフェッショナルとして、これからも二人三脚で歩んで行きたいと考えています。そして、農業ビジネスにおける“ファーストコールバンク”としての意義を確かなものにしていきたいと思います」(農林中央金庫 鬼丸氏)

 今回のBEER EXPERIENCEのプロジェクトからは、新たな農業ビジネス立ち上げに欠かせないプレーヤー達――技術力を持った生産者、市場と販路を有するメーカー、農業と金融のエキスパートであるJAグループの三位一体の陣容を知ることができる。これから農業ビジネスに取り組もうとする企業、あるいは事業転換や拡大を考える生産者にとっても参考になる事例と言えるだろう。

「遠野のホップ」をキーワードに、地域創生につながる事業の胎動が始まっている
「遠野のホップ」をキーワードに、地域創生につながる事業の胎動が始まっている