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2021.07.21
文=荻島央江
5房、3キロで3万円──。山梨産シャインマスカットの最高級品の価格だ。JAフルーツ山梨が管轄する山梨県甲州市、山梨市、旧春日居町の地域は、シャインマスカットの一大産地。県内の半数、全国でも約25%のシェアを持ち、平均販売単価は年々右肩上がりで上昇している。
ここ数年、JAフルーツ山梨管内ではUターンやIターン・定年帰農者などの新規就農者が増加。その数は年間100人ほどであり、山梨県の中でも、後述するIoTを活用したぶどう栽培が「儲かる農業」であることを認知され始めた証拠と言っていい。
山梨県には元来ぶどう農家が多いものの、栽培品種はデラウェアや種なしピオーネが中心。シャインマスカットを手掛ける農家は少数で、2013年時点の出荷量は現在の5分の1程度だった。
2006年に品種登録されたシャインマスカットは、全国的にも生産量は増加しており、山梨県も同様、生産量が増えたのは、14年以降のことである。同年2月の大雪で、農業用ビニールハウスが倒壊するなど大きな被害を受け、売り上げは激減した同地域だが、その後、5年間で従前の売り上げまで回復できたのは、何と言ってもシャインマスカットの存在が大きい。今では栽培品種の主力となり、販売額はダントツだ。
山梨県産のシャインマスカットが多くの人に選ばれるようになった理由について、40年にわたり農家に栽培技術の指導をしてきたJAフルーツ山梨営農指導部の反田公紀部長は「おいしさを追求した成果」と強調する。
15年にまず取り組んだのが、山梨県果樹試験場に依頼し、シャインマスカットの栽培基準を作成することだ。これは言ってみれば栽培マニュアル。栽培時期ごとの昼夜の適性温度や湿度、潅水の量、栽培管理上の注意点などが詳細に記載されている。一定の指針がなければ、やはりいいものはできないのだ。
これが、スマート農業を推進すべく、17年からJAフルーツ山梨が行政やNTT東日本などとタッグを組み、実施した協働プロジェクト「アグリイノベーションLab@山梨市」とうまく結びついた。
このプロジェクトでは、ハウス内に、温度や湿度、日射量、地中温度、地中水分量などのデータを収集できるセンサーを設置。クラウドを通じて自宅や外出先でもスマートフォンで確認できる仕組みを構築した。
こうした栽培の見える化によって、農家は栽培基準と、実際に計測したデータを照らし合わせることで、より精緻な管理ができるようになり、失敗することが少ない安定栽培ができるようになった。
当初、プロジェクトのモニターとして10人の生産者を選定。「地域に影響力がある先進的な農家で、これからリーダーになる若い世代を中心に選んだ」(反田部長)。
モニターの1人で、その後真っ先に導入したぶどう農家の手島宏之氏はJAフルーツ山梨の理事も務める、ベテランの生産者。「これまでは経験と勘頼みだったが、今は数値を基に温度管理などが的確にできるようになった」と話す。
この仕組みは、農作業の省力化、作業効率アップにもつながっている。
ぶどうのハウス栽培では温度管理が重要だ。通常、ハウスの屋根にある天窓やカーテンを開閉して温度調節をする。例えば、急な夕立で気温が急激に下がったときなど、従来は1日に何度も、ハウス内に吊るした温度計を見に行かなければならなかった。ハウスが点在していればなおさら大変だ。
その点、このシステムを入れれば、手元のスマートフォンなどからリアルタイムでハウス内の状況が分かるので、現地まで出向く必要がない。手島氏の場合、ハウスに行く回数は以前の半分以下になり、空いた時間を路地栽培などに振り分けられるようになったという。
また、設定した温度や湿度を超えると、自動的にアラートメールが届く仕組みにもなっている。ハウス内のカーテンの開け忘れや閉め忘れで温度調節に失敗すると、最悪の場合、その年の作物は全滅。400万円から500万円の損失を被るばかりか、再び収穫できるようになるのに数年かかることもある。
アラート機能はそうした損失の抑止に役立つ。実際、異常を知らせる通知ですぐにハウスに駆けつけ、大事に至らずに済んだ例もあるという。