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発災から3カ月。早期の営農再開をさらに強力に後押しし、復旧から復興へ。ギアを切り替えようと、JAは2つの組織を立ち上げた。
一つは、農業ボランティアセンターである。立ち上げの経緯を濱﨑氏が振り返る。「他地域のJA職員をいつまでも頼るわけにはいきません。地元で活動を続けていた全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD)からの提案を受け、朝倉市と共同で一般向けのボランティアセンター開設に乗り出したのです」
活動開始は2017年11月。市内でボランティア団体間の調整役を務めていたJVOADらの協力を得ながら、一般のボランティアを全国から募集。受け入れメンバーを土砂や瓦礫の搬出に人手を要する農家に派遣した。
もう一つが、災害復興対策室だ。「開設の狙いは、国や県など行政機関やマスコミへの対応の一本化です。専門部署が事に当たるべきという深町組合長(当時)の考えから、立ち上げが決まりました」(濱﨑氏)
冒頭の新たな営農支援事業は、この災害復興対策室で生まれた。
背景を濱﨑氏が語る。「営農再開に向けた最大の課題は、果樹です。土砂や瓦礫を搬出した後、博多万能ネギなら種を蒔き直し、早期復興を見込める。ところが果樹は、そう簡単にはいきません。新たに植え直しとなると、初期投資に必要な資金がかさみます。『桃栗三年柿八年』というように、収穫できるようになるまで時間も相当に掛かります。離農する確率も増えます」
熟慮を要したのは栽培品目だ。営農支援の相手は、主に柿を扱う果樹農家。農作業のピークが柿と異なる品目が望ましい。
候補には地域特産の博多万能ネギが挙がった。年間を通じて収穫できるのだが、種まきの場所を時期ごとにずらす。自ずと広い土地とハウス面積が必要になるが、そこまでの大きい農地は確保できそうにないし、資金も莫大となる。
検討を重ねる中で白羽の矢を立てたのが、アスパラガスだ。コメからの転作品目としても推奨してきたことから、管内には生産農家で組織する部会組織が既にある。未経験の農家でも栽培ノウハウを学べる環境が整っていた。
果樹農家には、なじみやすさもある。竹と同様、地下茎で成長するため、収穫時には地上に突き出る若茎を切る。ほかの野菜のように、種や苗を毎年植える必要はない。農作業のピークも柿とは異なり、両立もしやすい。
とはいえ、果樹農家が野菜栽培に乗り出すには勇気がいる。苗の植え付けから十分な収穫を得られるまでは、野菜とはいえ、3年ほどの時間が掛かる。背中を押せるのは、成功事例。まず先陣を切ってくれる農家が欲しい――。
そこで考え付いたのが、初期投資や必要経費をJAが一定期間負担するスキームである。災害復興対策室はJA主催の事業説明会に参加した農家を口説きにかかった。柿農家に嫁いだ30代女性とイチゴ農家の60代男性の2人だ。
「アスパラガス栽培に一緒に挑戦しませんか。収穫物はJAが責任持って売ります。農業復興の旗印になってください」。2人はこう口説かれ、意を決する。30代女性は嫁ぎ先の経営安定を願って、60代男性はアスパラガスへの品目転換を図ろうと、JAとの二人三脚を始めた。2019年度のことである。
事業適地は、JAが各種情報を基に管内で探した。農地を見つけたら、次は地主との借り受け交渉。JAに対する信頼と災害復興への貢献が、交渉の決め手だ。地主と農家の間には、公益財団法人福岡県農業振興推進機構(農地バンクの運用主体)をかませる。被災農家に経営を委ねる段階で、利用権をJAから移転しやすくするためだ。こうすれば、地主が複数人に及んでも、権利移転を円滑に進められる。
以降、JAでは2020年度に農家4人、21年度に農家3人を支援。そこでひと区切りをつける。「被災農家の営農支援という役割から、ここが終え時という判断です。この事業が起爆剤になって、管内ではアスパラガス栽培に取り組み始める農家が増えました。2024年度販売額は事業前の倍以上になり、部会員数も1.8倍(17人→30人)になりました」(濱﨑氏)
勢いそのままに、JAでは次に産地復興にも乗り出す。
「市内で被害が最も大きかった地区はもともと、スモモの産地。斜面地で柿とスモモを栽培する農家が多かった。ところが、農作業は重労働です。高齢化に伴い、担い手が大幅に減ってしまいました」。濱﨑氏は残念がる。
そのスモモを、この地区で甦らせたい――。そんな思いから、また新たな営農支援事業を立ち上げたのである。「スモモは夏果実のトップバッター。収穫物は必ず、売れます。興味深く見守る農家の視線も感じました」(濱﨑氏)
スキームはアスパラガス栽培と変わりない。スモモは斜面地で栽培してきた品目だが、農作業の効率化を図る必要がある。そこでJAでは地区内の平地に適地を借り受け、農家とともに露地栽培やハウス栽培にあたる。
事業に参画する農家は、2022年度に手を挙げた柿農家の60代男性。25年度には、被災を契機に品目転換を図ろうとするコメ農家の60代男性と新規就農者の2人が新たに参画する。「産地づくりもJAの重要な役割です。アスパラガスの成功に、スモモを続かせたい」。濱﨑氏は将来に期待を寄せる。

産地復興を狙うこの事業はいま、営農部営農支援課が引き継ぐ。課長の秦隆浩氏は果樹担当の営農指導員として26年のキャリアを持つ。スモモは未経験だったがこの3年、農家とともに、収穫可能になるまでスモモを苗木から育て上げてきた。
「営農指導員として、さらに自信がつきました。新たなスモモ栽培のノウハウを農家に広め、産地復興に貢献したい」。濱﨑氏の思いを、秦氏が受け継ぐ。
災害大国ニッポン。自然災害で甚大な被害を受けた時、事業の復興や地域の再建をどう図るのか。共助の象徴として、JAの存在が光を放つ。
