世代交代のお手本! 農業は楽しい儲かる仕事

~若者が集結する地域を支えるJA岡山西の流儀

JA岡山西管内の総社市で桃を生産する「総社もも生産組合」では、毎年2~3名が新たに就農する。その多くが非農家出身の若者で、先輩の働き方やそこで生み出される高品質の桃に魅せられ集まってくる。全国的に農業の担い手の高齢化が問題となる中、なぜ若者が次々と就農するのだろうか。それは彼らの仕事が楽しいからだ。楽しい仕事はいかにして生み出されるのか。その秘密を探る。

生産と選果の分離で高品質を保つ

総社もも生産組合 組合長 秋山 陽太郎 氏

 「総社もも生産組合」は、桃専業の生産者11戸により構成されている。同組合ができたのは50年ほど前のこと。桃の生産地としては後発で小規模だったこともあり、数量ではなく品質を追求してきた。そして、それを実現するため生産方法に工夫を重ねるとともに、JA岡山西を通した販売方法を選択した。生産者が自ら等級を選別し箱詰めしてから選果場に持ち込む産地もある。それに対して総社もも生産組合では、生産者は畑から直接選果場に向かう。等級を決めるのは選果場の従業員で、生産者は選別をしない。総社もも生産組合 組合長 秋山陽太郎氏は、「生産者は自分が作った桃がかわいいので、選別が甘くなりがちです。だから、選別を担当する従業員を雇用しています。従業員には、自分で買いたいと思うものだけを選ぶようお願いしています」と語る。多くの選果場で見かける糖度センサーなどを使った自動選別機はあえて使わず、基本的に食味検査で選別していく。シビアな選別により高品質が保たれ、それが取引先の信頼を生み、単価の向上につながっている。また、選果をすべて任せることで生産者は生産のみに注力でき、より高品質な桃が生産されることとなる。

 桃の収穫期には、毎朝収穫した桃が続々と選果場に持ち込まれる。気温が上がってから収穫すると鮮度が落ちやすいことから、選果場への持ち込みは午前中のみ。時期によっては昼までに2回、3回と畑と選果場を往復することもある。持ち込む生産者の多くが若く活気があるのも、同組合の特徴だ。

生産者と選果場のスタッフ。選果担当の的確な選別により、高品質を保った出荷を可能にしている

毎年増え続ける新規就農者

 総社もも生産組合が若く活気があるのは、新規就農者が多いから。そして、そのメンバーは実に多彩である。例えば、就農2年目の岡田氏は、地元総社の非農家出身。秋山氏と消防団で一緒に活動しており、総社もも生産組合に興味を持った。「もともと地元で何かしたいと思っていました。この組合は東京や大阪、海外にも出荷しており、生産方法も売り込みも独特です。その一員になることで、自分自身も成長できると思いました」と語る。また、岡山県の農業大学校の卒業生で今年新たに就農した石川氏は、山陽地域の多くの産地を見学し比較した結果、同組合を選んだ。その理由の一つを、「畑からそのまま選果場に持ち込めるので、自前の選別施設が不要です。それだけ初期投資が少なくて済み、新規就農者にはその分のハードルが低い」と語る。

左:非農家出身、就農2年目の岡田氏、右:今年就農した石川氏。2人ともまだ20代の若手だ

 同組合の新規就農者受け入れの仕組みはこうだ。就農相談会や見学ツアー、さらには自ら調べて興味を持って問い合わせてくる人に対し、まず1年間は通って地域や生産者の仕事を見てもらう。「農業をするということは、土地に根を張って骨を埋めるということです。そのためにはその地域に合わないと続きません。実際に住む前に1年間通ってそれを判断してもらいます」(秋山氏)。

研修生の長谷川氏。もともともの作りが好きで、桃作りにも意欲を見せる

 その後地域に住み、2年間研修生として生産方法を学ぶ。それが終了すると就農する。現在研修生の長谷川氏は、来年就農予定だ。大阪での会社員を辞め何度か総社市に通ううち、その土地と人に魅せられた。彼が同組合を選んだのは、「みんな若くて、いろいろなことにチャレンジする姿勢が魅力的でした。何より味が良かった」からだ。

品質を評価してもらえる大消費地の市場を開拓

 秋山氏の両親も桃の生産者で、同組合のメンバーだった。農家に生まれても別の仕事に就く後継者が多い中、秋山氏にとって後を継ぐことは自然な選択だった。「楽しそうに仕事をしているのを見ていたので、他の仕事をしたいとは思いませんでした」(秋山氏)。

 そして26歳のとき、総社もも生産組合の副組合長となる。副組合長になると改革に着手。秋山氏はその経緯を、「前の世代の人たちは、もともと自分たちで新しい産地を起こし切り開いてきたので、改革や挑戦を止めたりせず、『やってみろよ』と後押ししてくれました」と語る。今日、若者が集結する地域に育ったのは、秋山氏を中心とした改革と取り組みに秘訣がありそうだ。そこで総社もも生産組合の過去を遡ってみる。

 秋山氏が副組合長時代に行ったのが、地元市場から他の市場への変更だ。同組合は従来地元市場のみで販売してきたというのにだ。岡山は豊富な生産量もあって、桃の卸価格の乱高下が激しい。秋山氏は、「卸価格があるとき1箱2万4600円だったのが、翌週には640円になったこともあります。ばくち的な面白さはありますが、品質に関係なく値が付くので、生産者は計画的な経営ができません」と説明する。

 同組合ではできるだけ木になったまま熟す作り方をしている。桃は追熟しないため、鮮度を優先して早く収穫してしまうと十分に甘くならないのだ。そのため、どうしても他の産地より3日から1週間出荷が遅れる。その結果、卸相場が弱くなってからの出荷になりがちだった。そこで、「品質通りに評価してくれる市場を求めました」と秋山氏。

 
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どこにも負けない品質を目指して作られた総社もも生産組合の桃

 現在の販路は、東京市場が35%、大阪市場が30%、その他小売店への販売が30%となっている。香港、台湾、シンガポールにも輸出されている。品質を評価する市場を求めたことで単価も安定的に向上。年間売り上げ1000万円を超える生産者も多い。