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2024.03.26
文=茂木俊輔
有機栽培は化学肥料や化学農薬を使わないこだわりの農業だ。化学の力に頼らない分、堆肥を用いた土づくりや雑草処理・害虫駆除に自ら手を下す。手間がかかる農業のあり方をあえて選択する孤高の精神は、時には疎まれる原因にもなってしまう。
農林水産省のデータによれば、取り組み面積が耕地全体に占める割合は1%を切る水準。取り組み農家は新規参入者に占める割合こそ20~30%にも達するが、全体に占める割合でみるとまだマイナーな存在だ。
そんな有機農業を、JAやさとは野菜販売の柱に据える。JAとして有機野菜の販売に乗り出そうと有機栽培部会を生産者7戸で立ち上げたのは30年近く前の1997年。以降、会員を着実に増やし、その販売額を順調に伸ばしてきた。
有機農業に乗り出したきっかけは、野菜販売である問題に直面したからだ。

当時、野菜販売は東京都世田谷区に本部を置く東都生活協同組合との直接取引がメーン。東都生協は産地直送を売りにして、従来型の慣行栽培の野菜を消費者に届けていた。その一方で、大消費地に近い地の利を持ちながらも中山間地域で圃場を集約できず、少量多品目になっていたJAやさとと相性が良く、手を結んでいた。
野菜販売の課題は、箱詰めの野菜を毎週定期的に消費者に届けるという企画型の商品のなかで発生した。JAやさと営農流通部営農指導課課長の廣瀬吉和氏が当時を語る。「販売当初は消費者に人気の商品でしたが、次第に飽きるのか、そのうち陰りが出始めました。打開策として目を向けたのが有機野菜でした」。
有機栽培は当時、いま以上にマイナーな存在だった。「生産者は慣行栽培の野菜販売で収益を十分に得られていましたから」と廣瀬氏。多くの生産者は有機栽培にわざわざ目を向けることはなかったという。
それでも有機野菜にこだわったのは、当時産直部門の課長を務めていた柴山進氏である。取引先である東都生協に産直担当として足しげく通う中、消費者ニーズを肌で感じ取るようになった。「有機野菜の時代がやって来る!」。そんな確信を抱いていた。
幸い管内でも有機栽培に取り組む生産者がいた。「有機野菜を一品だけでもこの商品に加えませんか」。柴山氏はこれら先達に呼び掛け、協力者の輪を広げていった。有機栽培部会はこうしてJAの発意で立ち上げられたのである。
その後、順調な伸びを実現できた要因の一つは、安定した商流である。JAが慣行栽培の野菜販売で築いてきた既存の取引関係を基盤に販路を広げる一方、有機栽培部会の会員は有機農産物に対する第三者認証を取得し、販路開拓を支える。
既存の取引関係とは、メーンの取引先である東都生協のほか、栃木県小山市に本部を置くよつ葉生活協同組合や東京都新宿区に本部を置くパルシステム生活協同組合連合会傘下の地域生協などである。JAやさとがこれらの生協と交渉し、有機栽培の野菜を慣行栽培とは別枠で納める商談を成立させた。
また産地直送の有機野菜を扱おうと、総合スーパーのイオンや、茨城県つくば市に本社を置くイオングループの食品スーパー カスミなどが、新たな商談を持ち掛けてきた。話に乗る中で役立ったのが、有機農産物の日本農林規格(JAS)認証だ。
「有機JAS認証を受けると、商品に有機JASマークを表示できます。有機野菜を求める相手との交渉を有利に進められます」と、廣瀬氏は評価する。制度の運用が2001年に始まって以来、有機栽培部会の会員は全員がこの有機JAS認証を受け、自ら出荷する野菜が「有機」であることを前面に押し出してきた。
安定した商流をつくるには、販路の確保はもとより、必要な出荷量の確保も欠かせない。そこでJAや有機栽培部会は会員間の生産調整にも乗り出す。「例えばベテランには作付けしやすい品目は控えてもらい、作付けの難しい品目を担当してもらうように調整します」(廣瀬氏)。作付け品目は原則として生産者が選択するが、有機栽培の技術に応じてその品目を調整し、必要な出荷量を安定確保する。
順調な伸びを実現できたもう一つの要因は、有機農業の担い手育成である。有機栽培は冒頭に記したように堆肥を用いた土づくりや雑草処理・害虫駆除に手間がかかる。担い手には慣行栽培とは異なる独特の技術が求められる。