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2025.12.12
文=茂木俊輔
握り拳大の大きめのおはぎ。売り場には個数や種類に応じた各種のパッケージが並ぶ。値段は1つ160円。これが、とにかく売れる。

「ここに異動になる前、評判を聞いて週末の午後に買いに来ても、いつも売り切れ。食べたことがなかった。口にすることができたのは、ここで働くようになってからです。本当においしいですよね」
こう話しながら笑うのは、JA福井県農産物直売所喜ね舎愛菜館(きねやあいさいかん)の波多野志乃氏。加工品の出荷者とコミュニケーションを取り、成果を店づくりに生かす役割を担う。時には、レジ前で会計も担当する。
「おはぎを買うのは高齢者という印象ですが、実際にはそうでもありません。家族連れや旅行姿のお客さまも、よく見かけます。お子さんがおはぎを売り場から抱えて来て、会計直前に買い物かごに入れる場面も目にします」

おはぎは、直売所にとってなくてはならない存在だ。所長の錠詰幹夫氏は「『喜ね舎』といえば『おはぎ』の印象が県外にも広がっています。週末には、近県からのお客様が朝から列を成します。集客の核ですよ」と信頼を寄せる。
春秋の彼岸や夏の旧盆の時期になると、需要が殺到する。「この時期には、1日約7500個、約100万円もの売り上げです。売り場スペースを広げて対応しますが、それでも午前11時ごろには完売してしまいます」(錠詰氏)
人気の背景には、北陸の餅文化がある。総務省「家計調査」を基に餅の世帯当たり年間支出金額を2022~24年平均で見ると、富山、金沢、福井の3市がトップ3を占める(都道府県庁所在市と政令指定都市の中において)。

おはぎの作り手は、企業組合ファームまぁま喜ね舎の女性チームだ。事務作業の担当者まで含めると、女性ばかりの総勢37人。平均年齢は68歳を超える。母体は、JA福井県として合併する前の旧JA福井市の東部地区女性部だ。
東部地区女性部では、JAが喜ね舎愛菜館を整備する計画を打ち出した26年前、そこに出荷する加工品を製造・販売するグループを立ち上げた。「狙いは、地区内で活動する女性の社会的地位と所得の向上です」と企業組合代表理事の松田三代氏は言いきる。地区内5支部の長を務めるベテランや当時30代でまだ若手の松田氏は、可能性の見込める加工品の試作・試食を重ねることから始めた。
当時、松田氏は子育て中の真っ最中。それでも新たな活動にあえて身を投じたのは、「自ら保有する調理師や製菓衛生師の資格を生かしたキャリアを築いていくためです」と語る。
その後2001年7月に喜ね舎愛菜館がオープンする。「農家が心を込めて作った農畜産物の一番おいしい獲れたてを味わってほしい」という地産地消の思いから生まれた。県内の生産者らが持ち込んだ農畜産物やその消費につながるような食品類、県産の農畜産物を用いた各種加工品の取り扱いにも力を入れる。

この3本柱が、集客面での強みだ。所長の錠詰氏は「農畜産物だけでは、集客力が弱い。スーパーには置いていないような食品類も扱い、県産の農畜産物を用いた手作りの加工品を売る。その相乗効果が集客を促します」と説く。
直売所は商品を持ち込む出荷者に「場」を提供する立場だ。まずは売る「場」。喜ね舎愛菜館ではこれらの商品を販売し、売り上げから手数料を差し引いた金額を出荷者に支払う。さらに加工品を販売する出荷者には直売所内の加工施設を開放し、作る「場」も提供するが施設利用料は求めない。
JAの強力なサポートの下、女性部を母体とするグループは活動を始めた。当時は、東部地区内の支部長や松田氏を中心とする複数チームの集合体。おはぎや和惣菜などをチーム単位で作り、喜ね舎愛菜館に出荷していた。加工品を出荷する他の個人・法人と異なり、加工施設はグループ専用のものである。
売れ行きは好調だった。「それに伴い加工を手掛けるチームは徐々に増え、7年後には11チーム・45人を数えるほど。売り上げを合計すると、総売上高は年間1億円を超える水準にまで伸びました」と松田氏は振り返る。
ところが、売り上げが拡充するなか、加工品の製造・販売という社会経済活動を担うグループとして信頼性の向上を迫られる。「地域の女性が立ち上げた“仲良しグループ”を脱し、組織として法人化の道を検討し始めました」(松田氏)
ここでJAから紹介されたのが、中小企業の組織化を推進する福井県中小企業団体中央会だ。担当者とともにグループに適した法人格を検討する中で、中小企業等協同組合法に基づく企業組合に白羽の矢を立てる。根拠法令は異なるが、農業協同組合であるJAと同様、組合という位置付け。JAとの親和性は高い。