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2026.07.08
文=茂木俊輔
※見出し写真の提供:JA大北
都市農村交流の中心は今、修学旅行や校外学習だ。都会から訪れるのは、中学生。白馬村内で農家が営む民宿に最短でも1泊2日で滞在する。その間、農作業やものづくり・食づくりといった農家独自のプログラムを体験する。

「受け入れ校数は今年度、11校。加えて長期休暇を利用して開く『こども村』も1回実施予定です。昨年度の8校から、引き合いは増えています。修学旅行で白馬を訪れたことのある教員が、旅行代理店側に要望した例が多かったのでしょう」。JA大北旅行センターのセンター長、中村綾太氏は好調の理由を読み解く。
リピート校だけではない。常連校も4校ある。
古株は、東京都武蔵野市立の中学校だ。市内6校のうち3校の1年生が毎年9月に4泊5日で滞在する。同市では、学校生活では体験し難い総合的な学習活動を「セカンドスクール」と呼び、1995年度以降、主に山間部で実施してきた。市内3校の活動は、その一環。03年度以降、段階的に白馬を実施地に据えてきた。
もう一つは、東京都立三鷹中等教育学校。2010年度開校の中高一貫校である。同校では、中学2年生が毎年5月に2泊3日で滞在。地域活性化を目的とする白馬探究の学習を実施する。「総合的な学習の時間」を用いた校外学習だ。
JA大北が白馬で体験や学習の場を提供する狙いは、2つある。
「まず、自然環境に身を置いて、都会との違いを実感してもらうことです。とりわけ春は、田園風景の背後に緑の山々が連なり、さらに遠景には雪に覆われた白い北アルプスがそびえます。そのコントラストには目を見張ります」(中村氏)
中村氏自身、ビル群に囲まれた都会には違和感を覚えるという。「地元に戻ると、ゆったり落ち着いた環境にほっとします。まずは、白馬の雄大な風景に包まれながら落ち着きを取り戻してほしい」
次に、農家との交流を通して新たな発見を得てもらうこと。「学校の中で接する大人は、教員です。教員から教わることを『正解』と指導されます。しかし社会には、もっと多様な『正解』があるはずです。そこに、気付いてほしい」(中村氏)
各校の生徒は、農家民宿に分宿する。1軒当たりの人数は7~8人程度。農作業などの体験プログラムは各農家が提供する都合上、人数は限られる。それだけに、農家と生徒の距離は近い。プログラムの時間外にも、交流の機会は生まれる。
「自然」や「交流」を通して目指すのは、「第二のふるさと」づくり。「ゆくゆくは移住につながるのが理想です。そのためにはまず、白馬を好きになってほしい。好きになったから住みたいという人が増えると、うれしい」と中村氏は訴える。
かねてJA大北で活動の柱に掲げてきた「農業と観光」の体現である。ここでは、「第二のふるさと」づくりに加え、地域(農村)と人の活性化や次世代の消費者づくりを目標に据える。農業振興に貢献する狙いで、組合員はもとより、行政や地域団体などとも一体になって、都市農村交流に取り組んできた。JA大北が白馬で都市農村交流に取り組み始めたのは、55年ほど前。「夏休みこども村」と銘打って、農家民宿を手配し小学生の受け入れを始めた。
送り出し側として連携するのは現在、JA尾張中央(愛知県小牧市)とグループ内の旅行会社である農協観光の中部支店(名古屋市)だ。今年度で言えば、この2者が7月29~30日の旅程で小学4~6年生の参加者40人を募集。ブルーベリーやじゃがいもの収穫、川遊びや魚のつかみ取りなど、独自の体験プログラムを提供する。
ここに20年以上前に加わったのが、修学旅行や校外学習の受け入れである。舞台は一貫して白馬。農家民宿への分宿も、変わりない。
白馬は実は、「日本民宿発祥の地」と言われる。
村によれば、1930年代、登山道や山小屋が整備される一方、都市部との間を結ぶ現在のJR大糸線が開業すると、登山客の来訪が空前のブームを迎えたという。受け入れ先の一つは、麓にある案内人の家。1937年、これらの家16軒が行政から許可を受け、民宿として公式に営業を始めた。それが、「発祥の地」と言われる由縁だ。
1960年前後には、スキー場の開発が本格化。それに伴い、観光客数は急増する。村の統計によれば、60年には年間50万人に達しなかったが、10年後には5倍以上に膨れ上がっている。ここで民宿経営に乗り出したのが、農家なのである。
農家民宿は、宿泊サービスはもとより、農作業などの体験プログラムも独自に提供可能。交流を通じた教育効果を期待できる。白馬の地域資源とも言える。
ところが、農家民宿の経営は次第に苦境に立たされる。転機は、1998年2月開催の長野オリンピック。閉幕以降、観光客数は右肩下がりに転じる。とりわけスキー・スノーボードシーズンや豊かな自然を求めて多くの人が来訪する夏を除く春や秋は、集客に苦労する。
とはいえ、この時期は農繁期でもある。労力はむしろ、農業生産に割きたい。それでも受け入れ人数を制限すれば、民宿経営との両立は不可能ではない。
そこで目を向けたのが、学校行事だ。毎年恒例なら、安定した需要が見込める。個別では受け入れ困難でも、白馬全域を束ねれば分宿を前提に受け入れられる。それはまさに、地元JAの領分だ。農家の所得向上という最大の使命も果たせる。