まず、開発前のロンドン・オリンピックのメイン会場を説明しておくと、ロンドンの中で「もっとも衰退した地域」であり、オリンピックを機会に都市再生が望まれていた。民間事業者がつかず開発が進まなかった理由は、線路、運河、高圧電線などが用地を横切り物理的に開発しづらいこと、自動車、冷蔵庫などの廃棄物が山積みにされた土壌汚染地であったこと、そして前述した衰退地域であったことが大きい。
開催地決定前から民間事業者を中心に識者が集められ、地域の質的転換を実現させるためのレガシー計画が作られた。
そこでは、交通アクセスの改善、エネルギーを含むインフラ施設、雇用、住宅などの箱もの施設の青図が描かれ、後に、地域の価値をさらに高める大学誘致が計画に追加された。オリンピック終了後にレガシー計画を考えたシドニー大会(2000年)の失敗を繰り返さないことが重視され、とにかく「レガシー計画」ありきで計画策定を行ったという。大事なことはオリンピック終了後、いかに地域を変えられるかにあった。