柏木孝夫氏(以下敬称略):昨年、大阪で開かれた20カ国・地域(G20)首脳会合では、環境と成長の好循環の実現をテーマに議論が進みました。キーワードとして挙がったのがイノベーションの創出、ビジネス環境の整備、民間資金の活用です。この3つのキーワードを踏まえ、今20カ国の政府は各種の政策を推進しようとしています。そんな中、1月に経済産業省と文部科学省は共同で「革新的環境イノベーション戦略」を策定しました。どういう狙いがあるのでしょうか。

赤石浩一(あかいし こういち)氏
内閣官房 イノベーション総括官
1985年東京大学法学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)入省。2004年経済産業省資源エネルギー庁エネルギー政策企画室長、05年同通商政策局米州課長、07年日本機械輸出組合ブラッセル事務所長に就任。09年経済産業省商務情報政策局情報政策課長、11年同大臣官房会計課長(併)監査室長、12年同大臣官房審議官(環境問題担当)に就任。13年内閣官房副長官補室日本経済再生総合事務局次長、14年経済産業省大臣官房審議官(通商政策局担当)、17年内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補付)、(併)内閣府大臣官房審議官(科学技術・イノベーション担当)、18年内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション/原子力担当)を経て19年11月より現職。
赤石浩一氏(以下敬称略):今、私が務めているイノベーション総括官というポストは、昨年初めて内閣官房にできたものです。背景には、安倍晋三政権の日本のイノベーションに対する極めて深刻な問題意識があります。日本はイノベーションに関して世界の中で相当遅れてしまっている、このままでは気候変動問題を含む世界の課題に対応できなくなるという思いから、この1、2年、イノベーション創出に真剣に取り組み始めています。
その一環として、2019年に「統合イノベーション戦略2019」を閣議決定しました。強化すべき基盤的技術分野としてAI(人工知能)技術、バイオテクノロジー、量子技術を、応用分野として環境エネルギー、安全・安心、農業・宇宙・海洋を挙げています。これに基づき策定したのが革新的環境イノベーション戦略です。エネルギー環境分野で革新的なイノベーションを創出し、世界に広げることを狙いとしています。この戦略では「ビヨンドゼロ」というキーワードを打ち出しました。50年までに二酸化炭素(CO2)の排出ゼロを超え、排出以上の削減を可能にする技術確立を目指します。
柏木:極めて志の高い戦略ですね。IoT(モノのインターネット)やビッグデータ、AI(人工知能)などデジタル革命で生まれた最新の技術を活用すれば、デマンド側で電力の使用を最適化する「デマンドレスポンス」が可能です。点在する小規模な発電設備やシステムを1つの発電所のようにまとめて機能させるVPP(バーチャルパワープラント)を実現すれば、コストも安くフレキシビリティーの高いシステムになります。革新的環境イノベーション戦略は、大規模電源と分散型電源が共存する時代を明確に描き出し、また小型モジュール炉(SMR)にも言及した画期的戦略と言えます。ゼロを超える内容を打ち出したという点で、世界に発信すべき1つの成果だと思います。
赤石:ビヨンドゼロを掲げた瞬間、発想がガラリと変わります。紙をつくるのにいかに省エネ化するかではなく、紙そのものをゼロにしようという発想になる。飛行機の燃料をいかに省エネ化するかではなく、根本的にバイオ燃料にしようという発想になる。見える世界が全く変わってきます。ビヨンドゼロというと、みんな「そんなことできるわけがない」という反応をしますが、日本人は自分たちの能力を過小評価していると思います。京都議定書の温室効果ガス6%削減という目標も「絶対に無理」と言われていましたが、綿密な計画を立て、血のにじみ出るような努力を重ねて達成しました。技術的にはビヨンドゼロも可能です。カギはコスト。あくまでもコストなんです。
過去に日本は「サンシャイン計画」等により30年以上かけて太陽電池のコストを250分の1にすることに成功しました。これにより太陽電池は世界中で導入が進み、今では気候変動対策の重要な手段の1つとなっています。同じことを各種の分野で実現したい。革新的環境イノベーション戦略はコストに焦点を当てて取り組みを進めていきます。